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森 英恵(森 英惠、もり はなえ、1926年〈大正15年〉1月8日 - 2022年〈令和4年〉8月11日)は、日本のファッションデザイナーであり、日本人で唯一のパリのオートクチュールデザイナー。地域経済総合研究所評議員。森英恵ファッション文化財団理事長。位階は従三位。1996年、文化勲章、2002年、レジオンドヌール勲章オフィシエ章を受章。旧姓「藤井」。 1965年にニューヨーク・コレクションで成功をおさめ、日本人デザイナーの海外進出の先駆けとなった。1977年には東洋人として初めてパリ・オートクチュール協会(サンディカ)のメンバーとなる。バルセロナおよびリレハンメルオリンピックの日本選手団の公式ユニフォームのデザインや、歌舞伎、海外のオペラやバレエの舞台衣裳を担当するなど、ファッション界の第一人者として活躍した。2004年7月のパリ・2004 A/Wオートクチュール・コレクションで引退。 人物・来歴 島根県鹿足郡六日市町(現在の吉賀町)生まれ。父親は山口県の医師の家系に生まれ、大阪で医学を修めた後、母親の郷里である六日市町で開業医となる。父は幼い頃から姉妹の着る服を大阪の髙島屋や東京の三越から、通信販売で取り寄せていた。 5人兄弟姉妹の4番目で、2人の兄と姉、妹がいる。長兄は東京帝国大学医学部(現在の東京大学医学部)を卒業後、29歳の時に結核で病死した。次兄も同じく結核を患い20歳の若さで他界した。姉は跡見女学校から帝国女子医学薬学専門学校(現在の東邦大学医学部)に進んだが、その後「ハナエモリ」の経営に参加した。 小学4年生の2学期、現在の杉並区立桃井第三小学校に転入。1938年、創立して間もない東京府立第十一高等女学校(現在の東京都立桜町高等学校)に入学。1943年、東京府立桜町高等女学校を一期生として卒業。同年、東京女子大学高等学部に入学し国文学を学ぶ。1947年、同大学を卒業。1948年、学生時代に勤労動員の工場で知り合った元陸軍主計少佐・森賢と結婚する。 夫・森賢の実家は愛知県一宮市の繊維会社で、夫の支えもあってドレスメーカー女学院に通って洋裁技術を習得し、1951年(昭和26年)、新宿駅東口のそば屋の2階にオーダーメイドの洋装店「ひよしや」を開いた。1954年、銀座にブティック&サロン「ひよしや」銀座店オープン。
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