
ヴィントン・サーフ(Vint Cerf)
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この人は?
ヴィントン・グレイ・サーフ(Vinton Gray Cerf, 1943年6月23日 - )は、アメリカ合衆国の計算機科学者であり、ロバート・カーンと共にインターネットとTCP/IPプロトコルの創生に重要な役割を演じた「インターネットの父」の1人。その功績により、アメリカ国家技術賞、チューリング賞、大統領自由勲章を受章し、全米技術アカデミー会員にも選ばれている。通称はヴィント・サーフ(Vint Cerf)。 かつてアメリカ国防総省国防高等研究計画局(DARPA)でプログラムマネージャを務め、TCP/IP関連技術を開発する様々なグループに出資した。1980年代末ごろインターネットが商用化される際、MCIに移って初期の商用電子メールシステムMCI Mailを開発し、それをインターネットに接続した。 ICANNの創設に尽力。後にICANNの理事となり、最終的に会長を務めた。2012年5月、Association for Computing Machineryの会長に選ばれた。 経歴 コネチカット州ニュー・ヘイブン生まれ。父は航空宇宙企業の重役だった。バン・ナイズ・ハイ・スクール卒。同級生にジョン・ポステルやスティーブ・クロッカーがおり、どちらもサーフと同じくインターネットの誕生に関わっている。早くからコンピュータに興味を持ち、スタンフォード大学に入学して夏休みにはノースアメリカンやロケットダインといった企業で働いた。1965年、数学の学士号を取得し、卒業後IBMに就職。IBMではQUIKTRAN(FORTRANの一種)の開発に関わった。もっとコンピュータについて学ぶことを決意して1967年には大学に戻り、カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) で計算機科学を学んだ。1970年に修士号、1972年に博士号を取得。 UCLA時代にはジェラルド・エストリン教授の下で学び、レナード・クラインロック教授の下で世界初のパケット通信コンピュータネットワークであるARPANETにも関わり、ARPANETでのホスト間通信プロトコル開発に貢献した。同時期にARPANETのハードウェアアーキテクチャについて仕事していたロバート・カーンにも出会っている。そのころからサーフはいくつものRFCを執筆している。博士号取得後1972年にスタンフォード大学の教授となってからもコンピュータネットワークに関わり続け、カーンと共同でTCP/IPの設計を行った。1976年、サーフは国防高等研究計画局(DARPA)に招かれ、1982年までその分野の研究開発計画に関わることとなった。