
ウルズラ・フォン・デア・ライエン(Ursula von der Leyen)
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ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン(独: Ursula Gertrud von der Leyen、1958年10月8日 - )は、ドイツの医師、政治家。ドイツキリスト教民主同盟(CDU)ならびに欧州人民党(EPP)所属。欧州委員会委員長(第13代、第14代)。 ニーダーザクセン州社会・婦人・家族・保健大臣、ドイツ連邦共和国家族・高齢者・婦人・青少年大臣(第1次メルケル内閣)、CDU副党首(2010年〜2019年)、ドイツ連邦共和国労働・社会大臣(第2次メルケル内閣)、ドイツ連邦共和国国防大臣(第3次メルケル内閣、第4次メルケル内閣)を歴任した。 来歴 生い立ち ベルギーブリュッセル首都圏地域のイクセルで生まれる。父エルンスト・アルブレヒトは、彼女が生まれたころに欧州石炭鉄鋼共同体で働いており、のちにニーダーザクセン州首相(CDU所属)を務めた。叔父ゲオルゲ・アレクサンダー・アルブレヒトと従兄弟のマルク・アルブレヒトは音楽指揮者。ウルズラは6人姉弟で、弟のハンス・ホルガー・アルブレヒトはDeezer社CEO等を務めた実業家である。 1977年、アビトゥーアに合格し、ゲッティンゲン大学とミュンスター大学で経済学を学ぶが、1980年に中断した。1978年にはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに留学している。 医師として 1980年、ハノーファー医科大学に転じて医学を学び始め、1987年に医師国家試験に合格し、医師としてのインターンを終えた。その後母校で婦人科の助手を務める。1991年に医学博士号を取得。 1986年に医学教授で経営者でもあるハイコ・フォン・デア・ライエンと結婚した。1992年に第3子を出産したのち、一家はアメリカ合衆国に移った。1999年に生まれた末子を合わせて7子がある。1996年にドイツに帰国し、同年より2002年まで母校ハノーファー医科大学の疫学・社会医学・保健システム研究部で助手を務めた。2001年には公衆衛生学修士号を取得している。 地方の政界入り 1990年、キリスト教民主同盟(CDU)に入党。1996年から1997年まで、CDUニーダーザクセン支部の社会政策委員会委員を務める。続いて、CDUニーダーザクセン支部医師会に属した。2001年から2004年までゼーンデ市議会議員に選出され、CDU 議員団長を務める。同時期、ハノーファー郡議会議員を務め、議会の保健・病院委員会会長を務めた。
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