StarFeed
ギュンター・グラス

ギュンター・グラス(Günter Grass)

日別に見る

この人は?

ギュンター・グラス(Günter Grass、1927年10月16日 - 2015年4月13日)は、ドイツの現代小説家、劇作家、版画家、彫刻家。代表作に『ブリキの太鼓』、『ひらめ』、『女ねずみ』、『はてしなき荒野』などがある。1999年にノーベル文学賞受賞。 来歴 誕生と第二次世界大戦終戦まで グラスは、1927年10月16日ダンツィヒ(現在のグダニスク)に生まれる。グラスが生まれた当時は、第一次世界大戦のドイツ敗戦により、国際連盟の管理下に置かれていた。グラスの両親は、雑貨商を営み、父親はドイツ人で、母親はカシューブ人であった。また、グラスの父親はプロテスタントで、1936年にナチス党入党、ダンツィヒがナチス・ドイツに占領されると下級官吏となった。母親はカトリックだった。 グラスは、少年の頃に「カシューブ人」というタイトルの小説を書いたが、最初の数ページで、登場人物を全員死亡させてしまう。これを受けて、後年の小説では、登場人物を大切に扱うようになった。 少年時代のグラスは、ナチス・ドイツの影響を受け、愛国主義の強い少年として育った。少年時代は、ナチス系の雑誌に懸賞作文を応募したこともある。 第二次世界大戦勃発後、ダンツィヒはナチス・ドイツの領土となる。グラスは15歳でドイツ空軍の補助員となり、1944年には、武装親衛隊から召集を受け、第10SS装甲師団の装甲狙撃兵として所属する。装甲狙撃兵という兵科であったが、実情は兵士と言えない状況であった。 1945年4月、所属していた部隊は、コトブスでソ連軍の攻撃によって壊滅し、グラスも負傷し、マリーエンバートの野戦病院に搬送される。その後、バイエルン州でアメリカ軍の捕虜となり、その際、親衛隊が強制収容所を運営していたことを知り、衝撃を受ける。ただ、この時の体験が、後の活動や作品に活かされることになる。 終戦直後から人気作家へ グラスは、1946年に捕虜収容所を釈放されるが、故郷のダンツィヒは既にドイツ領ではなかったため、同地を離れ、ラインラントで農業に従事したり、ハノーファーで鉱山業に従事するなどしていた。鉱山では、未だナチズムに傾倒する者、社会民主主義者、共産主義者の3派からなる思想を持った同僚達がおり、グラスは社会民主主義に同調するようになる。 1947年には、デュッセルドルフ美術アカデミーで彫刻を学ぼうと考えたが、同年時点では同校は戦災により入学できず、グラスは1年間石工として修業する。

最近あったこと

まだ新着なし — 数分ごとに確認します。