
トム・モナハン(Tom Monaghan)
トーマス・S・モナハン
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トーマス・スティーブン・モナハン(Thomas Stephen Monaghan、1937年3月25日 - )は、アメリカ合衆国の実業家である。1960年にドミノ・ピザを創業した。また、1983年から1992年までデトロイト・タイガースのオーナーを務めていた。 モナハンは敬虔なカトリック教徒であり、1998年にドミノ・ピザの経営を引退すると、株式の93パーセントを10億ドルでベインキャピタルに売却し、以降はカトリック教徒としての活動に注力している。人工妊娠中絶反対運動や、その他の「国家の道徳的危機と戦う」ためのカトリックの教えを支持し、それらを推進するために数億ドルを費やしている。 若年期 モナハンはミシガン州アナーバーで1937年3月25日に生まれた。モナハンが4歳のときに父が亡くなり、1943年、6歳のときから1949年まで弟と共に孤児院に預けられた。モナハンが預けられたのはミシガン州ジャクソンのセント・ジョセフ・ホーム・フォー・チルドレンで、修道会フェリシアン・シスターズのリボニア支部が運営していた。モナハンが敬虔なカトリック教徒になったのはそこの修道女の影響である。モナハンは司祭になることを志してグランドラピッズのセント・ジョセフ神学校に入学したが、何度も規律違反をしたことにより神学校を追放された。 1956年、陸軍に入隊するつもりで、誤って海兵隊に入隊した。1959年に名誉除隊した。 ドミノ・ピザ 1959年、海兵隊を除隊して故郷のアナーバーに戻り、建築家になるためにミシガン大学に入学した。在学中、弟のジェームズとともに、借りた900ドルでミシガン州イプシランティにある「ドミニック」(DomiNick's)という小さなピザ屋を買収した。モナハン自身の言によれば、これは学費を稼ぐためだったが、大赤字を出し、大学をやめてピザ屋に専念することになった。これがドミノ・ピザに発展することになる。さらに3店舗を開店させた後、弟の持ち分をフォルクスワーゲン・ビートルと交換で譲り受けた。モナハンはメニューからサンドイッチを外し、大学のキャンパスへの配達に注力し、そのために新しいピザボックスを開発した。この新しい箱は、積み重ねても中のピザがつぶれないようになっており、また断熱性を高めて温かいまま配達ができるようになった。モナハンはドミノ・ピザをフランチャイズ展開し、他の大学都市にもこのビジネスモデルを広めた。1980年代半ばには、1日あたり約3店舗が開店するほどになっていた。 1989年、全米女性同盟(NOW)が、モナハンが人工妊娠中絶に反対していることを理由に、ドミノ・ピザの不買運動を呼びかけたが、これが同社の売上にどの程度の影響を与えたかは不明である。