Li Lu
李禄, り ろく, リー・ルー
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李録(り・ろく、1966年4月6日-)は、中華人民共和国生まれのアメリカ人投資家・実業家・慈善家であり、投資会社「ヒマラヤ・キャピタル」の創業者・会長である。また、1989年の六四天安門事件における学生運動の指導者の一人としても知られる。 生涯 李録は1966年4月に中国・河北省唐山にて生まれた。1976年の唐山大地震の生存者。文化大革命中に両親が労働収容所へ送られ、孤児院などを転々とする幼少期を過ごした。 1985年、南京大学に進学(物理専攻→後に経済へ転向)。 1989年、天安門広場の学生運動に参加し、学生リーダーとして活動(ハンガーストライキにも参加)。1989年5月、戒厳令下の天安門広場の人民英雄紀念碑前で、恋人と象徴的な結婚式を行った。 コロンビア大学での学歴 中国を亡命して、コロンビア大学では、李録はまず英語を学ぶためにアメリカン・ランゲージ・プログラムに入学した。その後、スクール・オブ・ジェネラル・スタディーズ(非伝統的学生向けの正規学部:リベラルアーツ)で学び、さらにコロンビア・カレッジへと編入した。 彼は6年間の間に、学部、法科大学院、ビジネススクールのすべてに在籍した。 李録は、1996年に経済学の学士(B.A.)、経営学修士(MBA)、法務博士(J.D.)の3つの学位を同時に取得した、コロンビア大学の歴史上初の人物である。 投資家として 李録は、1993年にコロンビア大学で同大学の卒業生であるウォーレン・バフェットの講義を聞いたことをきっかけに、投資の道へ進むことを決意した。 『Poor Charlie's Almanack』中国語版の序文によれば、李録はバフェットの株式投資の原則に関する講義を「簡潔で、論理的で、説得力がある」と感じたという。 その後まもなく、李録はコロンビア大学在学中に株式投資を始めた。 李録は1996年、コーポレートファイナンス部門のアソシエイトとして投資銀行業務のキャリアを開始した。 1997年には、自ら投資会社であるヒマラヤ・キャピタルを設立し、バリュー志向の投資手法で知られるようになった。 ウォーレン・バフェットの右腕のバークシャー・ハサウェイのチャーリー・マンガー副会長は、彼のファンドに出資した投資家の一人であり、李録自身の言葉では「メンターであり良き友人」であった。 李録は2003年の感謝祭にチャーリー・マンガーと出会い、それ以来、生涯にわたる友人関係を築いた。マンガーは、李録について「これまで自分が資金を預けた唯一の外部運用者」であると述べており、さらに彼を「中国のウォーレン・バフェット」と評している。 李録は、中国の電気自動車メーカーである比亜迪(BYD)を、チャーリー・マンガーやウォーレン・バフェットに紹介した人物として知られている。
経歴
- 1966Born
- 1989Won Reebok Human Rights Award
- Member of Committee of 100
- Member of American Academy of Arts and Sciences
豆知識
- •Place of birth: Tangshan
- •Citizenship: People's Republic of China
- •Known as: entrepreneur, financier, investment banker