
馬英九(Ma Ying-jeou)
馬英九、馬英九
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馬 英九(ば えいきゅう、 中国語: 馬英九; 繁体字: 馬英九; 拼音: Mǎ Yīngjiǔ、 1950年〈民国39年〉7月13日 - )は、中華民国の政治家、法学博士(ハーバード大学)。第6代中華民国総統(12期・13期)を務めた。 来歴 生い立ち 実家は湖南省翔潭県馬家堰の近くにある。香港の九龍で出生した外省人(広東省深圳)とする資料もある。5人兄弟姉妹の中で唯一の男児として育てられた。出生後まもない1950年、両親とともに台湾に移住して台北市で育った。身長177.6 cm 体重74.7 kg。国立台湾大学法律学院法律系(法学部法学科)卒業。中山奨学金の給付生としてニューヨーク大学・ロー・スクール(修士課程)及びハーバード大学ハーバード・ロー・スクール(博士課程)を修了する。ハーバード大学在学中は『波士頓通訊(ボストン通信)』という中国国民党系列紙の編集長に就任。博士課程修了後はメリーランド大学法学部研究顧問、ボストン第一銀行法律顧問などを務め、またニューヨーク市内の法律事務所で弁護士として活動するなど法律家としてのキャリアを重ねた。 在外経験から英語に堪能であり、CNN記者との対談も自ら英語でこなした。一方、国民党と敵対する泛緑連盟系の報道機関であるタイペイ・タイムズは、博士論文に1000箇所を超える英語の間違いがあったと主張している。 1981年、帰台すると政府によって総統府第一局副局長に抜擢され、主に蔣経国総統の英語通訳(英文秘書)を担当した。1984年に国民党中央委員会副秘書長、1988年に行政院研考会主任委員兼大陸委員会(陸委会)工作匯報執行秘書、1990年に国家統一委員会研究員を務めるなど行政経験を積んだ。 1991年には陸委会副主任委員兼スポークスマンに就任、同年国民大会代表全国区に国民党候補として選出されている。1993年に連戦が行政院長に就任すると馬英九はその要請を受け法務部長に就任する。法務部長在任中は、地方の汚職・不正政治資金摘発に辣腕を振るう一方、死刑制度に批判的姿勢を示した。1996年に行政院政務委員に就任している。 こうした行政経験の傍ら、1981年から1997年まで、国立政治大学法律研究所兼任副教授も務め、法律の専門家としてのキャリアも継続した。
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