
ヴェルナー・ヘルツォーク(Werner Herzog)
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ヴェルナー・ヘルツォーク (Werner Herzog、本名: Werner Stipetić、1942年9月5日 - ) は、ドイツの映画監督・脚本家・オペラ演出家。ヴィム・ヴェンダース、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーらと並んでニュー・ジャーマン・シネマの代表的な監督である。怪優クラウス・キンスキーを起用した作品でも有名。ドキュメンタリー作家としても名高いが、日本ではほとんどのドキュメンタリー作品は公開もされずソフト化もされていない。 来歴 1942年9月5日、ドイツ人の父ディートリヒとクロアチア人の母エリーザベトとの間にミュンヘンで生まれ、バイエルン州の田舎で育つ。13歳からの一時期、ミュンヘンのアパートでクラウス・キンスキーと共同生活をしていた。キンスキーは後にヘルツォークの多くの作品で主演を務めることになる。その後、ミュンヘン大学で歴史とドイツ文学を学んだ後、奨学金を得てアメリカに渡り、ピッツバーグのデュケイン大学で学んだ。 1962年に短編『Herakles』を製作して映画監督としてデビュー。1968年には初の長編『生の証明』を発表。第18回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員特別賞)を受賞した。 1972年、キンスキーを初めて起用し、エル・ドラード発見を目指す16世紀の南米探検隊を描いた『アギーレ/神の怒り』を発表。翌1973年に第26回カンヌ国際映画祭の監督週間部門に出品された。また、2005年にはタイム誌の「歴代映画ベスト100」の一本に選出された。1974年、19世紀に実在したとされる青年カスパー・ハウザーを描いた『カスパー・ハウザーの謎』を発表。翌1975年の第28回カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した。1977年、ベルリンからアメリカへ移住した男たちを描いた『シュトロツェクの不思議な旅』を発表。タオルミナ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。1979年、F・W・ムルナウ監督の『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922年)をリメイクした『ノスフェラトゥ』を発表。第29回ベルリン国際映画祭に出品された。本作ではキンスキーの他にイザベル・アジャーニとブルーノ・ガンツを起用している。また、同年にはゲオルク・ビューヒナーの未完の戯曲を映画化した『ヴォイツェク』を発表。第32回カンヌ国際映画祭に出品され、エヴァ・マッテスが助演女優賞を受賞した。 1982年、オペラハウスの建設のためにアマゾン川を航海する男を描いた『フィツカラルド』を発表。第35回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した。1984年にはオーストラリアの原住民アボリジニの姿を映した『緑のアリが夢見るところ』を発表。1987年には5度目のキンスキー起用となった『コブラ・ヴェルデ』を発表した。