
ライ・クーダー(Ry Cooder)
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ライ・クーダー(Ry Cooder、本名:Ryland Peter Cooder、1947年3月15日 - )は、アメリカ合衆国出身のミュージシャン、ギタリスト、マンドリン・プレイヤー、歌手、作曲家である。 概要 スライド・ギターの名手として知られており、多くのギタリストが彼の名を挙げている。フィンガー・ピッキングにも定評があり、指の爪で澄んだ音色を出している。特に両方を織り交ぜたフレーズは、オリジナリティが溢れているとされている。 マンドリンに関しては、いわゆるブルーグラス系の奏法というより、スリーピー・ジョン・エスティスと長く演奏してきた盟友ヤンク・レイチェルのブルージーなプレイに影響されている。 世界各国のルーツミュージックに対する造詣も深く、アメリカのルーツ・ミュージックを発掘し、多くの音楽ファンへ広く紹介した。また、ヴィム・ヴェンダース、ウォルター・ヒル監督作品の音楽にも携わった。 「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において、8位にランクイン、2011年の改訂版では第31位。 略歴・来歴 カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれる。父親の影響で、3歳の頃に初めて4弦ギターを手にする。4歳のとき、ナイフによる事故が原因で片目を失明、以後義眼となる。 16歳にして、音楽活動を始める。1960年代半ばには、タジ・マハールらと組んだライジング・サンズ、キャプテン・ビーフハート・アンド・ヒズ・マジック・バンド、ジャッキー・デシャノンのバンドなどで活動。 ローリング・ストーンズのアルバム『レット・イット・ブリード』(1969年)に参加して、同作のレコーディング中に行われたジャム・セッションは『ジャミング・ウィズ・エドワード』(1972年)として発表された。 1970年にアルバム『ライ・クーダー・ファースト』でソロ・デビューを果たす。1972年『紫の峡谷』プロデューサーの一人ジム・ディッキンソンにより、スリーピー・ジョンと邂逅を果たしたライは、同年『流れ者の物語』でもヤンク・レイチェルばりにマンドリンを演奏している。 1970年代の彼のアルバムは、あまり売れず、ウォルター・ヒル監督の映画音楽で、映画ファンに名前を知られた程度だった。しかし、『パラダイス・アンド・ランチ』以降のアルバムにはテックス・メックスやハワイアン、ディープ・ソウルなど、さまざまな音楽が収録された。