
リチャード・アッテンボロー(Richard Attenborough)
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この人は?
アッテンボロー男爵、リチャード・サミュエル・アッテンボロー(Richard Samuel Attenborough、Baron Attenborough、CBE、1923年8月29日 - 2014年8月24日)は、イギリスの映画監督、映画プロデューサー、俳優。1982年に監督した『ガンジー』で、アカデミー作品賞とアカデミー監督賞を受賞した。 来歴 ケンブリッジ生まれ。父親は学者。動物学者でプロデューサーのデイビッド・アッテンボローの長兄にあたる。 王立演劇学校で学び、1942年に俳優としてデビュー。『大脱走』や『飛べ!フェニックス』などに出演し、『砲艦サンパブロ』と『ドリトル先生不思議な旅』で1966年、1967年のゴールデングローブ賞映画部門の助演男優賞を受賞した。 監督としては1982年の『ガンジー』でアカデミー監督賞、英国アカデミー賞監督賞を受賞。『遠すぎた橋』や『コーラスライン』、『遠い夜明け』、『チャーリー』などでも知られる。 監督業に専念してからは長らく俳優業は退いていたが、93年の『ジュラシック・パーク』でパークの創設者ジョン・ハモンド役で出演して人気を集め、再び俳優業に復帰する事となる。尚『ジュラシック・パーク』の出演は後輩のスピルバーグから直々にオファーしたもので、制作時には俳優のみならず、脚本や演出の助言もスピルバーグに行っている。 教育にも関心を持っており、国際的な教育組織UWCの重要な後援者の一人でもある。UWC南アフリカ校での複数の学校施設の創設に貢献している。また映画『遠い夜明け』は、UWC南アフリカ校の影響も受けて製作されたと言われる。 1945年1月22日に女優のシーラ・シムと結婚し、現在までに3人の子供をもうけている。 1967年に大英帝国勲章を授与された。1976年にはナイトの称号を受け、1993年には一代貴族爵位「リッチモンド・アポン・テムズ・ロンドン特別区におけるリッチモンド・アポン・テムズのアッテンボロー男爵」(Baron Attenborough, of Richmond upon Thames in the London Borough of Richmond upon Thames)に叙され、貴族院議員に列する。 1998年、高松宮殿下記念世界文化賞を受賞。 2002年10月には、英国映画協会内に創設された「チャップリン研究財団」の初代総裁に就任している。 2004年12月26日、タイのプーケットで休暇中だった親族がインドネシア・スマトラ島大震災・大津波に遭遇した。この災害で孫娘(長女ジェーンの次女)ルーシー(当時14歳)が死亡したほか、ジェーンと義母ジェーン・ホーランドが行方不明となった。また、ジェーンの長女アリス(当時17歳)が負傷。夫のマイケル・ホーランド、長男のサムは無事とされている。
経歴
- 1923Born
- 1967Won Commander of the Order of the British Empire
- 1983Won BAFTA Award for Best Film
- 1983Won Directors Guild of America Award
- 1983Won Padma Bhushan
- 1988Won Knight of the Legion of Honour
- 2014Passed away
- Notable work: A Bridge Too Far
- Notable work: Gandhi
- Notable work: Shadowlands
豆知識
- •Place of birth: Cambridge
- •Citizenship: United Kingdom
- •Known as: screenwriter, film producer, film actor, film director
- •Genre: Shakespearean comedy
- •Spouse: Sheila Sim