
ミレヴァ・マリッチ(Mileva Marić)
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ミレヴァ・マリッチ(Mileva Marić、1875年12月19日 - 1948年8月4日)は、セルビアの物理学者、数学者。アルベルト・アインシュタインはチューリッヒ工科大学時代の学友であり、後に結婚して最初の妻となった。 生い立ち ミレヴァ・マリッチは、1875年12月19日にオーストリア=ハンガリー帝国(ハプスブルク帝国)のハンガリー王国に属するバチュカ地方ティテル(Titel)(今日のセルビア内ヴォイヴォディナ自治州)の裕福な家庭に、Miloš Marić (1846-1922)とMarija Ružić-Marić (1847-1935)との3人兄弟の長子として生まれた。誕生の直後に父は軍役を終え、はじめスレム地方(ヴォイヴォディナ)のルマ(Ruma)で、その後クロアチアのザグレブで法廷に職を得た。 彼女は1886年に中等教育に進みノヴィ・サドの女子高等学校に通ったが、翌年スレムスカ・ミトロヴィツァの高等学校に転校した。1890年から彼女はシャバツ(Šabac)(セルビア)のThe Royal Serbian Grammar School に通い始めた。1891年、父親はミレヴァを特別にザグレブにある男子校のRoyal Classical High Schoolに入学させる許可を得た。彼女は入学試験に合格し、1892年に10年生として入学した。1894年2月には、物理学の授業に出席する特別の許可を得、1894年9月には最終試験に合格した。彼女の数学と物理学の成績は、最も高いものだった。その年、彼女は重篤な病気を患い、スイスに移住することを決意した。そこで、彼女は11月14日からチューリッヒの女子高等学校に通い始めた。1896年には卒業試験に合格し、1学期の間チューリッヒ大学で医学を学んだ。1896年秋、ミレヴァは数学の入学試験に6点満点中4.25点の評価で合格し、チューリッヒ工科大学に転校した。彼女は、アルベルト・アインシュタインと同時期に中等学校で数学を教えるために、学位コースに進んだ。彼女はこのコースの6人の生徒の中の唯一の女性で、またこれまでで5人目の女性であった。彼女とアインシュタインは、すぐに親友になった。