
鈴木慶一(Keiichi Suzuki)
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鈴木 慶一(すずき けいいち、1951年8月28日 - )は、日本の男性ミュージシャン、ムーンライダーズのボーカル、リーダー。シンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、俳優としても活動する。本名同じ。 父は俳優の鈴木昭生。弟は同じムーンライダーズのベーシストである鈴木博文。 来歴・人物 東京都大田区東糀谷出身。新設当時の東京都立羽田高等学校卒業。 高校卒業後、浪人して大学受験をするために予備校に通うも3日で辞める。職も探せば無かったわけではないので、何とかなるだろうと思ったという。 1970年に鈴木の母親が勤めていた会社でアルバイトをしていたあがた森魚と出会い、本格的な音楽活動を開始。はっぴいえんどのサポートメンバーを経験した後、加入を希望したが果たせず、自らのグループはちみつぱいを結成。 はちみつぱい解散後、1975年に実弟である鈴木博文らとムーンライダーズを結成。翌1976年にアルバム『火の玉ボーイ』を発売。 1984年1月、鈴木さえ子と結婚。結婚を機に大田区の実家から東京都世田谷区の一軒家へ転居。1986年から1991年のムーンライダーズ活動休止期間は、鈴木さえ子のアルバムプロデュースなどを手掛ける。1991年頃に鈴木さえ子と離婚、離婚後はさえ子が世田谷区の一軒家を出て行き、慶一が一人その家に残ったという。 その後、1990年代に入ってからは「音楽を作るモチベーションを上げるためには何でもやる」として、ジャン・コクトーが描いた「ピカソのポートレート」のタトゥーを入れた。また部屋が汚いことで有名で、1998年放送のTOKYO FM『ナイトワープ Eno@Home』では、部屋中にCDや本、新聞が大量に積まれ、奥に行くには数回飛ばなければならない。2階に行く階段も滅茶苦茶で、使ってないベッドも洋服が堆積しており、親子連れに「おばけ屋敷」と言われたこともあり、帰れないこともあったと述べている。