
James Naismith
ジェームス・ネイスミス
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この人は?
ジェームズ・ネイスミス(James Naismith、1861年11月6日 - 1939年11月28日)は、カナダ出身の体育教育者。スポーツを通しての青年育成と社会貢献に生涯取り組んだ。バスケットボールの考案者として有名である。 また中学校外国語科用教科書(英語)令和2年2月 文部科学省検定済の開隆堂 Sunshine English Course 3年生用 Program 3 A Hot Sport Today と題し紹介されている。加えてジェイムズ・ネイスミスとその時プレイした石川源三郎の挿絵も「バスケットボール生誕50周年記念カード」として教科書に掲載されている。 生い立ちと学生時代 カナダ植民地(現・カナダ・オンタリオ州)のオールモント村に生まれる。(現在この村はミシシッピ・ミルズ町の一部になっている)。少年期に親を失い、叔父に育てられた。 1883年にケベック州モントリオールのマギル大学に入学する。1887年に哲学とヘブライ語で学士号取得。大学卒業後はマギル大関連施設の神学校に進み、同大学の体育講師の職に就く。大学時代からラグビーやラクロスなどのスポーツを熱心にプレーしていた。 この頃にはモントリオールにあったYMCAに通っており、1891年に米国マサチューセッツ州YMCAの訓練校(現在のスプリングフィールド大学)で学生として、また非常勤の体育講師として研究を続ける機会を得る。 バスケットボール考案 1891年、この学校の体育学部長ルーサー・ギューリック(Luther Gulick)は授業で学生たちに屋内競技の考案を課題として与えた。これは冬季のニューイングランドで学生たちが体を動かせるようにと意図したものだった。 学生らが提出した様々な案は、ラグビーやサッカーのように身体接触を含み、屋内には不向きのものが多かった。一方でギューリックはネイスミスが考案した競技に興味を持ち、2週間の期間を与えさらに詳細を詰めるようネイスミスに指示を出した。 ネイスミスが考え出した競技は、ボールを持ったまま走ってはならない、身体接触・衝突をしてはならない、競技者の頭上に水平のゴールを置く、競技者はいつでもボールを奪い、得点できる、という基本的なルールを持っていた。高い位置に水平のゴールを置くことで、得点するには力よりも正確さが必要になり、怪我の機会を少なくできると考えてのことだった。 この新しい競技は、ラグビー、サッカー、ラクロスがヒントになっているほか、ネイスミスが少年時代に近所の子供たちとした遊びの要素も盛り込まれていた。この遊びは物を置いてそれに石をぶつけるというものだった。
経歴
- 1861Born
- 1939Passed away
- 1999Won Ontario Basketball Hall of Fame
- 2007Won FIBA Hall of Fame
- Won Canada's Sports Hall of Fame
- Won Ontario Sports Hall of Fame
豆知識
- •Place of birth: Almonte
- •Citizenship: Canada, United States
- •Known as: inventor, basketball coach, writer, cleric
- •Sport: basketball