
ハリー・ガーランド(Harry Garland)
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この人は?
ハリー・トーマス・ガーランド(Harry Thomas Garland、1947年 - )は、アメリカ合衆国の科学者・技術者・著述家・実業家であり、クロメンコ社の共同設立者である。シリコンバレーにおけるパーソナルコンピュータ開発の歴史の中で最も重要な革新者の一人として認められている。 幼年期 実業家・ハリー・G・ガーランドの子として、ミシガン州デトロイトで1947年に生まれた。 スタンフォード大学 カラマズー大学から数学で学士号(B.A.)を取得して卒業し、1968年にスタンフォード大学大学院へ進学した。スタンフォード大学では生物学を専攻し、随意運動の制御における人間の脳の機能に関する研究を行った。彼は、随意運動時の筋活動をモニターするための筋電図法の技術を開発し、筋肉の制御における脳の役割と局所反射の役割の解明に取り組んだ。これにより、随意運動時の脳機能の理解が深まり、パーキンソン病治療におけるレボドパの作用機序の解明に繋がった。 1972年にスタンフォード大学から博士号(Ph.D.)を取得した。ジョン・G・リンヴィルに誘われてスタンフォード電子研究所の研究スタッフに加わり、次世代の視覚障害者用読取装置オプタコンのコンセプトを開発した。1974年には、スタンフォード大学電気工学科の副学科主任に任命された。彼は大学院の電気工学の課程を担当し、マイクロプロセッサシステム設計の新分野の教科書を執筆した。 『ポピュラーエレクトロニクス』誌 スタンフォード大学在学中、ガーランドは電子工学の技術をより多くの人に知ってもらうための尽力も行った。スタンフォード大学で知り合ったロジャー・メレンと共同で、『ポピュラーエレクトロニクス』誌に、ホビイスト向けの電子工作に関する記事を6年間にわたり執筆した。この間、ガーランドとメレンはUnderstanding IC Operational Amplifiers(ICオペアンプの理解)とUnderstanding CMOS Integrated Circuits(CMOS集積回路の理解)という2冊の本も出版した。 『ポピュラーエレクトロニクス』1975年1月号で紹介されたMITS社のAltair 8800は、マイクロコンピュータ業界の幕開けとなった。同じ号に、ガーランドとメレンによる固体イメージセンサに関する記事が掲載されていた。翌月、彼らはスタンフォード大学の同僚テリー・ウォーカーとともに、世界初のデジタルカメラの設計を『ポピュラーエレクトロニクス』誌に発表し、そのカメラ(彼らは"Cyclops"(サイクロプス)と呼んでいた)をAltairに接続するためのインターフェイスの開発に着手した。1976年1月、MITS社はAltairの周辺機器としてCyclopsを発表した。