
フランシス・ゴルトン(Francis Galton)
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フランシス・ゴルトン(Sir Francis Galton、1822年2月16日 - 1911年1月17日)は、イギリスの人類学者、統計学者、探検家、初期の遺伝学者である。ゴールトンとも表記される。母方の祖父は医者・博物学者のエラズマス・ダーウィンで、進化論で知られるチャールズ・ダーウィンは従兄に当たる。 遺伝の研究を行うなかで、統計学の相関や回帰の概念を発展させた。双子の研究により遺伝と環境を分離する試みをし、行動遺伝学の先駆けとなった。また近代的な優生学の創始者である。気象学の研究では、天気図を作成した最初の人物となった。他にも指紋による人物識別の先駆的研究、人間に聞こえない音を出す犬笛の発明など、多数の分野に業績を残した。1909年にはナイトに叙されている。 裕福なアマチュア科学者 (gentleman scientist) であり、研究に生涯と私財を捧げた。 前半生:学生時代、冒険、気象学 生い立ち 1822年にジョゼフ・プリーストリーがかつて住んでいた家「フェアヒル」の敷地に建てられた家に生まれた。 父はバーミンガム (Warwic kshire のDujjestone) の裕福な銀行家のサミュエル・テルティウス・ゴルトン、母ビオレッタはエラズマス・ダーウィンの娘で、チャールズ・ダーウィンの父ロバート・ウォーリングとは異母兄妹であった。 1836年までバーミンガムのキング・エドワード・スクールに通った。 1836年からキングス・カレッジ・ロンドン(メディカル・スクール)でしばらく医学を学んだ。 1838年、両親の圧力があり、薬学専門のバーミンガム総合病院に入った。 1840年(〜1844)ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで数学を学んだ。そして、ロンドン・セントジョージ病院で研究をした。 1844年、ケンブリッジ大学卒業からまもなく、父が亡くなった。莫大な財産を相続し、そこから一転して私財で自分自身の偉業を為すために活動を始めた。 アフリカ大陸の冒険 「暗黒大陸」とも呼ばれていたアフリカ大陸を探検した初期のヨーロッパ人の一人である。 世界各地を旅し、アフリカの探検記を著した。探検の成果は、英国とフランスの地理学会から表彰された。 1845年〜1846年、アフリカのスーダン地方を旅行。 1850年〜1852年、当時のヨーロッパにとって秘境である南アフリカ奥地を冒険旅行。ルートを開拓している(現在のナミビアのダマラランド地方の開拓を志していた模様)。 1850年にゴルトンは、スウェーデン生まれの冒険家チャールズ・ジョン・アンダーソンが世界を冒険するための資金を得るためにロンドンに渡っていたところに出会い、2人は南部アフリカの探検を行った。