
エディ・コクラン(Eddie Cochran)
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エディ・コクラン(Eddie Cochran、本名:レイ・エドワード・コクラン (Ray Edward Cochran)、1938年10月3日 - 1960年4月17日)は、アメリカ合衆国のロック・ギタリスト、シンガー。1960年人気絶頂の最中に事故死を遂げた早逝のロックンローラー。代表曲「サマータイム・ブルース」「カモン・エヴリバディ」。2003年、『ローリング・ストーン』誌選出「史上最も偉大な100人のギタリスト」84位。 生い立ち エディ・コクラン(本名エドワード・レイ・コクラン)は、1938年10月3日ミネソタ州アルバートリーで父フランク母アリスの間に生まれる。12歳の時、学校のオーケストラにおいてドラムもしくはトロンボーン奏者としての参加を望んだが願い能わず、代わりに兄ボブからギターを教わる。1951年、一家はカリフォルニアへ移住。同年9月ベルガーデン中学入学、フレッド・コンラッド・スミスに出会う。彼は「コニー・スミス」と呼ばれ、学校のオーケストラでベースを担当し、スティール・ギターやマンドリンも演奏した。エディは新たな環境とコニーに触発されギターの練習に夢中になる。「私が許したならあの子は24時間ギターを弾いていたでしょう」(母アリス)。 初期のキャリア 1953年 アマチュア・ギグ 1953年後半、学校の音楽仲間とトリオを結成。コニー・スミスがスティール、エディはリズムギターを担当、地元の楽器店ベルガーデン・ミュージック・センターの裏手にあるリハーサルルームで練習を行う。この楽器店の経営者バート・キーザーが後にエディのトレードマークとなるギター、グレッチ社製モデル♯6120を売却することになる。トリオはアマチュアながらギグを重ね、スーパーマーケットの客寄せ、学校の集会など地元での出演を10 – 20ドルの報酬で引き受けた。1953年から1955年(日時不明)にかけ友人チャック・フォアマンの自宅で2トラックのテープレコーダーを使用し録音を行う。このマテリアルは2017年の時点で確認されるエディ・コクラン最古の録音となっている。 1954年 プロ・ギタリストへ 6月、中学卒業。9月、上級生として新学期を迎える。学業以外の時間はすべて音楽に費やし地域のミュージシャンとの交流を持ち、学業を放棄してでもプロのミュージシャンとして生きる想いを募らせていた。ベルガーデン周辺の町、サウスゲートやダウニーにはR&Bやカントリー・ミュージックの基盤があり、エディは幅広いジャンルの音楽的影響を受けていた。この年、ゴールド・スター・スタジオでアセテート盤を制作(日時不明)。ドン・ディール(ボーカル)、エディ・コクラン(ギター)、チャック・フェリング(ベース)。8曲を録音(当時未発表)。