
ディッキー・ベッツ(Dickey Betts)
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この人は?
リチャード・ベッツ(通称:ディッキー・ベッツ、本名:Forrest Richard Betts、1943年12月12日 - 2024年4月18日)は、アメリカ人 ミュージシャン、ギタリスト、シンガーである。サザン・ロック・バンド、オールマン・ブラザーズ・バンドのオリジナルメンバーとして有名。 「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第58位、2011年の改訂版では第61位。 経歴 1943年、フロリダ州ウェストパームビーチ出身。アマチュアのフィドル奏者であった父の影響で5歳の時にウクレレを始める。ブルーグラスやアイリッシュフォークソングを好み、その後バンジョー、マンドリン、ドラムといろいろな楽器を経て10代前半でギターを始める。最初のギターはStella製アコースティックギター。ベッツにとって最初のギターヒーローは、デュアン・エディーであった。その後B.B.キングなどのブルースに傾倒する。17歳になるといろいろなバンドで演奏し各地をツアーで回るようになる。 その後ジャクソンヴィルに移住。ベーシストのベリー・オークリーと一緒にセカンドカミングというグループで活動する。1969年にベリー・オークリーと共に参加したセッションでデュアン・オールマンと出会う。直後にオールマン・ブラザース・バンド結成。ベッツはデュアンとツインリードギターを構成する。またメインのソングライターとしても活躍し、初期の楽曲「リヴァイヴァル」「エリザベス・リードの追憶」「ブルー・スカイ」等を世に送り出す。 1971年10月29日にデュアン・オールマンがオートバイ事故で他界。バンドのリーダーであり絶対的な中心人物を失ったオールマン・ブラザーズ・バンドは存続が危ぶまれる。しかし代わってリーダーとなったベッツが強力なリーダーシップと豊かな音楽性を発揮する。ギタリストを追加せずソロギタリスト体制で活動することとなり、製作途中であったアルバム『イート・ア・ピーチ』を完成させバンドの活動を軌道に乗せる。 1973年8月には『ブラザーズ&シスターズ』がリリースされ、全米アルバム・チャートNo.1を記録した。このアルバム収録のベッツがボーカルをとった「ランブリン・マン」はバンドの最大のヒット曲となった。また「ジェシカ」はサザン・ロックを代表するインストゥルメンタルとなった。 1976年、グレッグ・オールマンとベッツの不和からオールマン・ブラザーズバンドは解散する。ベッツは Dickey Betts & Great Southern を結成した。 1989年、オールマンブラザーズ・バンドが2度目の再結成をし、ベッツは自身のバンドにいたウォーレン・ヘインズと共に参加。2000年にオールマン・ブラザースバンドを再び離れている。
最近あったこと
オールマン・ブラザーズ・バンドの中心人物だったディッキー・ベッツが、グレイト・サザンを率いて、ロックの殿堂博物館で行なった2004年のライブをWOWOWで放送! | 株式会社WOWOWのプレスリリース