
Brigitte Macron
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ブリジット・マリー=クロード・マクロン(フランス語: Brigitte Marie-Claude Macron、1953年4月13日 - )は、フランスの元教師。エマニュエル・マクロン(フランス大統領・アンドラ共同公)の妻(いわゆるファーストレディ)。出生時の姓はトロニュー(Trogneux)、以前の婚姻時の姓はオズィエール(Auzière)。 生い立ち ブリジット・マリー=クロード・トロニュー(Brigitte Marie-Claude Trogneux)は、ガリア戦記のアンビアーニー族が由来の地名であるフランス・アミアンで、5代続くショコラティエの子である父ジャン(Jean Trogneux、1909年 - 1994年)と母シモーヌ(Simone、出生姓ピジョル(Pijol)、1910年 - 1998年)の間に、6人きょうだいの末子として生まれた。チョコレート店「ジャン・トロニュー」は1872年にアミアンで創業し、現在はブリジットの甥であるジャン=アレクサンドル・トロニュー(Jean-Alexandre Trogneux)が経営している。 経歴 1980年代、ブリジット(当時オズィエール姓)は、ストラスブールのコレージュ・ルシ=ベルジェ(Collège Lucie-Berger)で文学を教えた。1990年代にはアミアンのイエズス会の高校であるリセ・ラ・プロヴィダンス(Lycée la Providence)でラテン語とフランス語を教えた。2007年から2015年まで、フランスで最も格式の高い私立高校の一つであるパリ16区のリセ・サン=ルイ・ド・ゴンザグ(Lycée Saint-Louis de Gonzague)で教えた。この学校では、実業家ベルナール・アルノーの息子であるフレデリック(Frédéric)とジャン(Jean)にフランス語を教えた。 ブリジットとエマニュエル・マクロンが出会ったのはリセ・ラ・プロヴィダンスの演劇部においてであった。ブリジットは演劇部の責任者であり、当時15歳のエマニュエルはその部員、一緒に参加していたブリジットの娘のローランス(Laurence)はエマニュエルのクラスメイトであった。25歳差の2人の関係は大きな論争を巻き起こし、「愛はしばしば秘密にされ、しばしば秘匿され、多くの人に誤解された末にようやく認められることになった」とエマニュエルは述べている。 政歴 1989年、ブリジット・オズィエールはフランス東部のトルヒタースハイム市議会議員に立候補したが落選した。ブリジット自身が政界を目指したのはこの時だけである。