
Keiko Takahashi
高橋恵子, 関根恵子
日別に見る
この人は?
高橋 惠子(たかはし けいこ、1955年〈昭和30年〉1月22日 - )は、日本の女優。血液型AB型 身長162cm。本名:同じ、旧芸名・旧姓:関根 恵子(せきね けいこ)。芸能事務所ブロウアップを主宰。 北海道川上郡標茶町(字磯分内熊牛原野とされる)出身。小学6年生からは、東京都府中市で育つ。 略歴 中学校時代から持ち前の大人びた容貌で芸能スカウトの目に留まり、2年生の時に大映のスチールカメラマンにスカウトされ、1970年春の中学卒業と同時に大映へ入社。 1970年、映画『高校生ブルース』に旧姓(当時の本名)関根恵子の芸名で主演デビューを果たす。同年の映画『おさな妻』では子連れの男性と結婚する17歳の役で出演し、この演技によりゴールデン・アロー賞新人賞受賞。 1971年11月末に大映が倒産したことにより五社協定が自然消滅し、東宝へ移籍した。翌1972年、『新・だいこんの花』にレギュラー出演し、竹脇無我の妻役を務めた。 同年7月から東宝と日本テレビが共同制作していた人気テレビドラマ『太陽にほえろ!』に、ヒロインである七曲署(ななまがりしょ)の婦人警官「シンコ」役で2年間レギュラー出演し、人気女優となる。 1973年、熊井啓監督の映画『朝やけの詩』に主演。 1974年3月、『太陽にほえろ!』で共演した松田優作の劇団「F企画」の旗揚げ公演「みやもと武蔵」で舞台デビューを果たした。 1977年、年明け直後からストレスがピークとなったことから心のバランスを崩して一時女優業を休業。1979年に女優復帰を願うも、出演予定だった舞台『ドラキュラ』の公演直前、当時新進作家の河村季里と海外失踪騒動を起こした。一時芸能界引退を決意するが、その後元気を取り戻したことから1980年1月に芸能界復帰会見を開いて活動を再開(これらの騒動について詳しくは後述)。 1982年、にっかつロマンポルノ10周年記念の大作『ラブレター』に主演し、同作品はロマンポルノ史上最高の興行収入を記録した。『ラブレター』公開後、所属事務所との契約が切れる時期に、かつて『太陽にほえろ!』で共演した萩原健一からの誘いを受けて、比較的小規模の事務所に移ることとなった。 1982年、操上和美撮影のヌード写真集が発売された。同年三菱銀行人質事件を題材とした映画『TATTOO<刺青>あり』で映画監督の高橋伴明と知り合い結婚、同時に芸名も高橋惠子に改名。以後は大人の落ち着きある女性の役柄を数多くこなしている。 1992年、NHK大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』で織田信長の母「るい」役を1年間担当する。 1997年、蜷川幸雄演出の『近松心中物語』で4年連続で大役を演じたことで様々な舞台出演を依頼されるようになり、以降精力的に活動している。
経歴
- 1955Born
- 1972Won Elan d'or Award for Newcomer of the Year
- 2010Won Kinuyo Tanaka Award
- Won Golden Arrow Award
豆知識
- •Place of birth: Shibecha
- •Citizenship: Japan
- •Known as: actor, erotic photography model, nude model
- •Spouse: Banmei Takahashi