
욱일기
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旭日旗(きょくじつき)は、太陽および朝日(旭日)を意匠化した旗。光線(光条)が22.5度で開く16条のもの(十六条旭日旗)がよく知られている。他にも4条・8条・12条・24条など光線の本数が多彩に渡るものが存在している。明治時代から連隊旗、軍艦旗に使用され、第二次世界大戦後に陸上・海上自衛隊が使用している。 古くよりハレを意味する縁起物であり日本の伝統的な旗である。旭日は勢いの盛んなことの例えとしても用いられる。 概要 「旭日」の意匠自体は比較的古くから広く親しまれており、一部は「日足(ひあし)」と呼称され武家の家紋として用されていた(「日足紋」)。特に九州地方の武家に好んで使用され、例として、肥前の龍造寺氏・筑後の草野氏の「十二日足紋」・肥後の菊池氏の「八つ日足紋」等がある。九州地方に多いのは肥前・肥後が「日(ヒ)の国」と呼称されていたことと関係があるという説がある。 旭日には古来からいくつもの種類があり、光線が四方八方に雲なく広がる意匠はハレを表現し、慶事などの際にめでたさ・景気の良さを強調するために用いられていた意匠でもあった。また、紅白の組み合わせも同じく日本において古くよりハレを意味し、縁起物として多用されていたものであった。その旭日と紅白を意匠とし、日章旗(#国旗としての日章旗)を基に白地に太陽光を表す赤系の光線(旭光)を用いたものが「旭日旗」であり、1870年(明治3年)に大日本帝国陸軍の旗章たる「陸軍御国旗(軍旗)」として考案・採用、法令上初めて制定されたものが旭日旗の起源である(#軍旗・軍艦旗としての旭日旗)。これは明治維新で日章旗を幕府陸軍が軍旗として採用したため、それと敵対した新政府軍の系譜たる陸軍に新たな象徴たる軍旗(=旭日旗)が必要とされたことによる。 遅れて1889年(明治22年)には、大日本帝国海軍においても軍艦旗として旭日旗を採用。 第一次世界大戦時には陸軍の戦闘機の国籍標識に旭日の意匠が一時的に採用された。第二次世界大戦後においては、1954年(昭和29年)の自衛隊の発足に伴い陸上自衛隊において「自衛隊旗」、海上自衛隊において「自衛艦旗」として旭日旗が採用されている。 軍旗に関わらず、明治時代以前から旭日の意匠が表現する「ハレ」・めでたさ・景気の良さにあやかり、民間においても祭、祝事、復興など祈願や企業・商品のロゴ、大漁旗、スポーツの応援に使用されている。また、政府機関・公的機関においても、勲章や警察章などでも使用されている。 日本において政治団体がデモを行うとき旭日旗をイメージさせる意匠の旗を掲げる光景がみられる。