StarFeed
キム・グァンソク

キム・グァンソク(Kim Kwang-seok)

日別に見る

この人は?

キム・グァンソク(金光石、김광석、1964年1月22日 - 1996年1月6日)は、大韓民国の歌手、シンガーソングライターである。民衆歌謡グループ、フォークグループを経て、1989年にソロデビュー。通算1000公演を記録するなど、386世代を代表する韓国アンダーグラウンドミュージック界の旗手であったが、絶頂期の1996年に31歳で自宅にて首吊り自殺した。代表曲は「二等兵の手紙」「서른 즈음에(三十頃に)」など。 経歴 1964年1月22日、3男2女の末っ子として大邱市で生まれる。1968年にソウルへと移り、慶煕中学時代に弦楽部でヴァイオリン、オーボエ、フルートなどを習得し、大光高校時代には合唱部に所属した。 1980年10月、11歳年上の長兄が軍務中に死亡。兄の死は死生観や作風に強い影響を与えた。 1982年、明知大学校経営学科に入学。音楽サークル「메아리」で活動。 1984年9月、フォーク歌手で演出家のキム・ミンギプロデュースのアルバム『노래일기「엄마, 우리 엄마」노래극「개똥이」중에서』に参加。そこで知り合った各大学のサークルメンバーにより結成された民衆歌謡グループ「노래를 찾는 사람들(通称ノチャサ)」に参加し、キム・ミンギプロデュースのアルバム「노래를 찾는 사람들 1집」を発表。 1985年1月、防衛兵として服務し、半年後に除隊。※兄弟が軍務中に死亡しているため、当時の規定により6ヶ月の短期兵となった。 1986年8月、高麗大学前でライブ喫茶「고리(輪)」を運営。人と人とを繋ぐ場所になる願いを込めて「고리」と命名した。 1987年夏、社会人フォークグループ「動物園」結成。10月、ノチャサの定期公演に参加し、金芝河の詩による歌曲「緑豆花」の歌唱で注目を浴び、看板歌手となる。 1988年1月、動物園ファーストアルバム「動物園」を発表。本人たちの予想に反して成功を収め、知名度を得る。9月、セカンドアルバム「두 번째 노래모음」発表。 1989年9月、グループを脱退し、ソロデビュー。アルバム「キム・グァンソク」を発表し、小規模のコンサート活動を始める。 1990年6月、一般女性と交際一年で結婚。8月、キム・ミンギプロデュースの「民族の歌」公演に参加し、独唱した「二等兵の手紙」が評判を呼ぶ。 1991年2月、アルバム「キム・グァンソク 2Nd」を発表。「사랑했지만」のヒットでスターの仲間入りをする。5月、娘が誕生(2007年 死亡)。秋、仏教放送で「밤의 창가에서(夜の窓辺で)」のDJを開始する。 1992年3月、アルバム「キム・グァンソク 3번째 노래모음」を発表。6月、前月のラジオ番組でゲストの小説家馬光洙の性的発言が放送規定違反となった煽りを受け、同番組への一ヶ月間出演禁止処分が下る。10月、セントルイス・ワシントン大学講堂で公演。

最近あったこと

まだ新着なし — 数分ごとに確認します。