
福原愛
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福原 愛(ふくはら あい、1988年〈昭和63年〉11月1日 - )は、1990年代から2010年代にかけて活躍した日本の元卓球選手。青森大学・客員准教授。Tリーグアンバサダー。株式会社J plus代表取締役。琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社元社外取締役。株式会社omusubi代表取締役。 宮城県仙台市生まれ、身長155cm、血液型B型。マネジメントは電通完全子会社である電通スポーツパートナーズ。早稲田大学中退。2016年から2021年まで江宏傑と結婚していた。 史上初の全日本グランドスラム達成者であり、五輪2大会連続のメダリスト。ITTF世界ランキング最高位は4位(2015年10月)。段級位は7段。日本オリンピック委員会・選手強化キャンペーン・シンボルアスリート制度適用選手。 日本では幼少期からテレビなどマスメディアに頻繁に登場し、「卓球の愛ちゃん」「天才卓球少女・愛ちゃん」「泣き虫・愛ちゃん」などと呼ばれ、国際大会で活躍するようになってからは中華圏で「小愛」(シャオアイ)や「瓷娃娃」(ツーワーワー)などと呼ばれ親しまれている。 その注目度から、内閣府「災害被害を軽減する国民運動サポーター」、中国などとの間の様々な親善大使、出身地である仙台市の観光大使、CM出演なども務めてきた。 2018年10月、現役引退を表明した。 来歴 幼少期 秋田県大曲市(現・大仙市)出身の父親(当時宮城県仙台市で会社経営、2013年10月6日にすい臓がんにより逝去)と、宮城県登米郡石越町(現・登米市)出身の母親(元・卓球選手)との間に、1988年(昭和63年)11月1日に宮城県仙台市の病院にて出生。福原自身は、仙台市青葉区国見ヶ丘出身としている。「愛」という名は、出生の1年前に亡くなった祖母「愛子」からもらった。 福原は生後6か月でスイミングを始めた。10歳年上の兄が、東京在住の中国の卓球元チャンピオンに仙台に来てもらって 1-2回/月の指導を受けていたが、費用面から仙台に移住してもらって毎日指導してもらえる環境を整えた。このような環境下、母と兄の影響で、1992年(平成4年)8月13日に母からラケットをもらい、福原も卓球を始めた。すなわち、3歳9か月から卓球の英才教育を受けたが、プレイするには身長が低かったため、ゴミ箱や並べた缶詰の上に乗って高さ調整をして、平日4時間、休日8時間の練習を毎日欠かさず行った。また、週末になると栃木県の有名な卓球クラブに出向き、泊まりがけで練習した。練習を始めて数か月でミスなく100本ラリーが出来るようになり、4歳6か月で1000本ラリーが出来るようになった。卓球クラブ「仙台ジュニアクラブ」に所属した。