渡瀬マキ
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渡瀬 マキ(わたせ マキ、1969年2月22日 - )は、日本の歌手、タレント。1986年に芸能界デビュー、1987年にアイドル歌手としてデビュー。1988年に結成(2002年に解散したのち、2014年に本格再始動)されたバンド「LINDBERG」のヴォーカルとして知られる。夫・平川達也と設立したティンカティンカ所属(アップフロントクリエイトと業務提携)。 パーソナルデータ 本名:平川 麻紀(旧姓:渡瀬) 出身地:三重県鳥羽市 身長:156 cm 血液型:O型 ニックネーム:チャンマキ 来歴 生い立ち 小学生の頃から松田聖子に憧れ、くるくるドライヤーで聖子ちゃんカットを作り、母親のイヤリングを借りて“聖子ちゃん”になりきって、妹と共に歌っていた。 歌手を目指し、中学3年生の頃から名古屋市のジャパン・アーチスト・オフィスに通い歌唱などを学ぶ。レッスン費用と鳥羽駅 - 名古屋駅の近鉄特急の運賃をアルバイトで捻出した。電車での移動中は尾崎豊やレベッカなどの曲を聴いていた。 1986年に開催された「1986ヤングジャンプクイーン」にて、約8千人応募の中、グランプリを受賞。東京で活動するため上京。三重県立鳥羽高等学校から東京都立代々木高等学校に編入し、卒業。 アイドル時代 事務所は、万が一悪いニュースで取り上げられた際に本名では故郷に帰れなくなるなどの不都合を心配して、渡瀬と同郷の演歌歌手鳥羽一郎に倣って「鳥羽麻紀」の芸名を用意した。しかし、渡瀬は芸名を拒否し、本名でのデビューを希望した。 1986年10月、フジテレビ『正義の味方株式会社』に本名の渡瀬麻紀名義でレギュラー出演。 1987年6月、「パールモンド・Kiss」でアイドル歌手としてデビュー。当時のキャッチフレーズは「真珠のような女の子」(出身地である鳥羽に因んで)。同期デビューには、森高千里、永井真理子、酒井法子、畠田理恵、BaBe、立花理佐、石田ひかり、仁藤優子などがいた。 歌手として歌番組出演やバラエティ番組に出演、雑誌にグラビアに掲載され、子ども時代から憧れていた松田聖子のようなアイドルの道を順調に歩んでいたが、心から楽しんでいない自分に違和感を覚えるようになる。 そんな中、あるイベントで、事務所が用意したアイドル衣装ではなく、内緒で持参したボロボロのジーンズにロックTシャツを着用してステージに上がり周囲を驚かせる。当然事務所の社長に呼び出され叱られるが「(アイドルの自分は)何か違う気がする」と葛藤を訴える。社長をはじめスタッフと協議を重ね、当時流行し始めていたガールズロックへ路線変更することになった。