
清朝
日別に見る
この人は?
清(しん)は、満洲人のアイシンギョロ氏(満洲語: ᠠᡳ᠌ᠰᡳ᠍ᠨᡤᡳᠣᡵᠣ、転写: aisin gioro、中国語: 愛新覚羅)によって1636年に満洲に建国され、1912年まで存在した王朝である。中国本土と満洲、モンゴル、新疆、チベット、台湾を支配した最後の統一王朝で、旧首都は盛京、1644年には順天府に遷都した。国号は大清(満洲語: ᡩᠠᡳ᠌ᠴᡳᠩᡤᡠᡵᡠᠨ、転写: daicin gurun)といい、自らを中国(満洲語: ᡩ᠋ᡠ᠋ᠯᡳᠮᠪᠠᡳᡤᡠᡵᡠᠨ、転写: dulimbai gurun)、大清国、大清帝国、中華大清国とも称した。清朝、清王朝、清国、満清(まんしん)とも呼ばれる。 1911年に「駆除韃虜・恢復中華」を綱領とする辛亥革命が勃発し、1912年2月12日、宣統帝の退位とともに清朝は滅亡した。 国号とその読み方 「清」という国号の由来: 漢人の宋が女真の金によって南方に追われたことがあったため、明に「大金」という国号を警戒されることを恐れて、金と同音異字の「清」としたという説。 五行説にもとづくという説。明が「火徳」であることから、それにかわる「水徳」を表す「氵」と、『周礼』で東を象徴する色とされる「青」を組み合わせ、中原進出の意味を込めたというもの。 「大清」という国号はモンゴル語「daicin」からの転写である。大+清という国名ではない。「daicin」という言葉は「戦士」を意味していたので、「大清国」は「戦士の国」とする説がある。 なお、日本語での発音「しん」が、今の北京官話発音の「ちん」と異なることは長崎や明の遺民を通じて伝えられていたものの、そのことは知識人らの残した文書などに見られる程度である。ラテン文字転写としてウェード式では清を「Ch'ing」と綴る。1958年のピンイン制定後は「Qing」と綴る。清末に締結された条約の欧文では、直接に中国の意味の「China」という国号が用いられていることが多い。