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山下泰裕

山下泰裕

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山下 泰裕(やました やすひろ、1957年〈昭和32年〉6月1日 - )は、日本の柔道家、体育学者。学位は体育学修士(東海大学大学院・1983年) 。第5代日本オリンピック委員会(JOC)会長。 東海大学体育学部武道学科 教授(1996年 - )、体育学部 学部長(2009年4月 - )、副学長(スポーツ・一貫教育担当)(2011年10月 - )。 「日本柔道界最強の男」と称された実力者であった。 人物 熊本県上益城郡矢部町(後の 山都町)出身。東海大学柔道部監督。柔道指導員、全日本柔道連盟名誉会長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会副会長、日本オリンピアンズ協会理事。 過去に、全日本柔道男子強化ヘッドコーチ(1992年 - 2000年)、男子強化部長(2000年 - 2004年)、強化副委員長(2004年 - 2008年)、理事・副会長・強化委員長(2013年 - 2017年)、国際柔道連盟教育コーチング理事(2003年 - 2007年)、神奈川県体育協会会長、朝日新聞社嘱託社員(1986年 - 2017年)、日本オリンピック委員会 (JOC) 会長(2019年 - 2025年)などを歴任。 引退から逆算して203連勝(引き分け含む)、また対外国人選手には生涯無敗(116勝無敗3引き分け)という大記録を打ち立てた。1985年6月17日引退。現役時代にフェアプレー賞、国民栄誉賞を受賞。 来歴 中学まで 熊本県上益城郡矢部町で生まれる。実家は魚屋だった。幼少期虚弱だったことから、祖父・鯛蔵からスパルタ教育を受ける。しかし保育園入園頃には既に体格が大きく、4歳時点で身長122 cmもあり体重も20 kgを超え、わんぱく少年として喧嘩やいたずらに明け暮れるようになった。小学校低学年の頃にはあまりの腕白ぶりに同級生から「(泰裕がいるから)学校に行きたくない」と苦情が出る程で母親は度々近所等に頭を下げて回っていたという。一方で腕白ながらも成績は良かったという。小学校3年の1月に藤壺道場に入門し、柔道を始めた。 小学校4年生のときに柔道をはじめ、小学校6年生の時には熊本県の柔道大会で優勝し、名門・熊本市立藤園中学校に入学。中学1年次には既に体重が100 kg近かった。中学時代は監督の白石礼介の厳しい指導の下、組み手を左自然体に変えて、基本に忠実な柔道に取り組んだことでさらに力を付けた。全国中学校柔道大会の団体戦には2年3年と出場して、ともにオール一本勝ちで藤園中学の優勝に大きく貢献し、「怪童出現」と一躍注目された。

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