
モーリー・ロバートソン
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この人は?
モーリー・ロバートソン(Morley Edmund Robertson、1963年1月12日 - 2026年1月29日)は、米国籍のタレント、DJ、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン、コメンテーター。ニューヨーク生まれ。広島市と(高校からは)富山県高岡市で育ち、日本を中心に活動していた。『モリロバ』とも。 パートナー(事実婚)は女優の池田有希子。実弟は米国軍保健科学大学助教のDr.Henry T Robertson。遠い親戚にアメリカのキリスト教プロテスタント保守派の指導者の一人、パット・ロバートソンがいる。 来歴 アメリカ合衆国ニューヨーク生まれ。実家はメリーランド州モンゴメリー郡ポトマクにある。スコットランド系アメリカ人で心臓専門医の父Thomas Lee Robertson, Jr.、毎日新聞社記者である日本人の母ロバートソン黎子の間で出生。弟がいる。 1963年:生後2か月から、幼稚園に通う頃まではサンフランシスコに在住。 1968年:父の転勤で広島県広島市段原(現:南区)に移住。父は比治山上の原爆傷害調査委員会(ABCC、現:放射線影響研究所)に勤務し原爆患者の調査にあたった。広島カープ初優勝に貢献したゲイル・ホプキンスが、引退後に医学生になるため、父が書いた推薦状を取りに家に来たことがあるという。広島市の幼稚園を経て、小学校5年生まで広島市のインターナショナルスクールで過ごす。勉強は百科事典くらいある分厚い教科書を自分のペースで進めるなど競争のないゆったりとした雰囲気の環境だった。家に帰ると近所の日本人の友達とよく遊び、自然と広島弁をマスターした。最初はスクールにはモーリーと同じ日米ハーフが多く、広島弁を話せる生徒が多かったが、両親ともアメリカ人で、アメリカのライフスタイルのまま暮らす生徒が増え始めると状況が変わった。彼らは日本にシンパシーがなく、広島弁を話さず、日本のテレビも一切見ない、日本人に対して人種差別的な発言をすることもある"白人至上主義"で、学校側からの一方的な「日本語禁止措置」が発令され、自身の尊厳を守るために、日本の公立小学校に通うことに決める。 1973年:完全に広島っ子になったと認識、「日本語や漢字を使えるようになりたい」と外国人のための学校を辞め、小学校4年の2学期から同市佐伯区の公立小学校である広島市立五日市南小学校に転校。当時は被爆者の先生や被爆2世も多く、今度はベランダから身を乗り出した大勢の生徒から一斉に「帰れ」コールを浴びる。「起立、気をつけ。礼」など日本の規律正しい学校生活に慣れるのは大変だった。
最近あったこと
【 モーリー・ロバートソンさん・死去 】 パートナー・池田有希子さんが追悼 「積極的治療をせず緩和に移行しましょうと話し合った矢先の急変でした」「モーリーといた20年間、幸せでした」 【全文】