ヒロミ
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ヒロミ(1965年〈昭和40年〉2月13日 - )は、日本のお笑いタレント、司会者、実業家、レーサー、YouTuber。東京都八王子市出身。本名は小園 浩己(こぞの ひろみ)。 株式会社「ビィー・カンパニー」代表取締役社長。プロダクション人力舎への所属を経て、ビィーカンパニーを設立。マネジメント業務は田辺エージェンシーが担当した後、2008年からはプロダクションノータイトル。トレーニングジム「スタジオ51.5」代表。オンラインショップ「ハチオウジ工務店」社長。「芸能文化人ガンクラブ」会長。八王子会代表。お笑いトリオ「B21スペシャル」のリーダーであり、関東を代表するお笑い第三世代。 妻は歌手・タレントの松本伊代、長男は俳優の小園凌央。八王子出身の芸能人で構成する八王子会の代表。2021年11月10日から工機ホールディングスジャパン株式会社(旧日立工機)のCCO(最高商務責任者(Chief Communication Officer))を務める。 来歴 実家は工務店を営んでいた。少年時代は照れ屋でおとなしく優しい性格だったが、兄が不良だったこともあり、中高校生当時は暴走族「八王子スペクター」の一員となり、八王子を拠点に活動していた。しかし18歳の夏に友人2人を乗せた自動車で大事故を起こした結果、内臓破裂による一時重体で生死の境をさまよう。この時、医者から家族にも「諦めてください」と伝えられたが、内臓(脾臓)を1つ摘出する長時間の難手術の末に一命を取り留める。このことから母親に「あなたは長生きできないかもしれないから、好きなことをしなさい」と言われ自身も「好きなことをしよう」と、入院中にバラエティ番組を見て、自分でもやれると確信し、お笑い芸人になることを決意。 1985年、お笑い芸人になるために、都内のホストクラブに勤務していたヒロミは、同僚の中からルックスの良いアイドル志望の伊東努(デビット伊東)と、ミュージカル役者&ダンサー志望だった三宅康敏(ミスターちん)に声を掛け、必死で彼らを口説き落としてお笑いの道に引き込む。こうして1986年、コントグループB21スペシャルを結成。オシャレ感のない当時の若手芸人らとの区別をするため、衣装はDCブランドにしようというのはヒロミの発案であった。