
ザカリー・テイラー(Zachary Taylor)
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ザカリー・テイラー(英: Zachary Taylor, 1784年11月24日 - 1850年7月9日)は、アメリカ合衆国の軍人、政治家、第12代大統領。 在職中に死去した2人目の大統領であるほか、在任中に死亡した歴代大統領8人のうち、20で割り切れない年に選出された(いわゆるテクムセの呪いとは関係なく死去した)唯一の大統領でもある。当初は政治に無関心であったが、1848年にホイッグ党から大統領選に出馬し、ルイス・カスを破って大統領に当選した。また、在職中に奴隷を所有した最後の大統領でもあり、大統領選に勝利した最後のホイッグ党員となった。 テイラーは「オールド・ラフ・アンド・レディ」(老暴れん坊)として知られており、陸軍での40年の経歴を持つ。米英戦争、ブラック・ホーク戦争、第二次セミノール戦争、米墨戦争に従軍した。大統領としてテイラーは奴隷制度の問題に対して穏健な姿勢を取り、政治は議会に任せ、自分は法を実施すればよいという姿勢を示したことで、南部からの反感を買った。ニューメキシコとカリフォルニアの移民に州としての憲法を起草するよう訴えた。そして、1850年協定の成立の準備を行った。テイラーは就任からちょうど16か月目に死去し、史上3番目に在任が短い大統領となった。その死因は胃腸炎だと考えられる。テイラーの後には、副大統領のミラード・フィルモアが大統領に昇格した。 生い立ち ザカリー・テイラーは1784年11月24日にバージニア州オレンジ郡の農場で、農園主のリチャード・テイラーとサラ・ストローザー夫妻の間に生まれる。9人兄弟の3人の息子の中で末っ子であった。父親のリチャードはアメリカ独立戦争時にジョージ・ワシントンと共に戦った。テイラーはメイフラワー誓約に署名したピルグリム・ファーザーズの1人、ウィリアム・ブリュースターの子孫であった。テイラーはまた、第4代大統領のジェームズ・マディソンの又従兄弟であり、フランクリン・ルーズベルトとロバート・E・リーが血縁関係にあった。ジェファーソン・デイヴィスは義理の息子になる。幼少期はケンタッキー州ルイビルの辺境地で丸太小屋に暮らし、家族が増えるにつれてレンガ造りの家で暮らすようになった。テイラーは7人の兄弟と共に暮らし、父親は1800年までに10,000エーカー (40 km2) の土地と26名の奴隷を所有した。ケンタッキーの辺境地には学校が存在せず、テイラーは父親と時々雇われた家庭教師から基礎的な教育しか受けなかった。テイラーは学業に優れなかったと伝えられ、テイラーの筆跡、スペル、および文法は「生涯粗雑で土臭い」ものだったとされる。テイラーは成長すると、軍に加わると決心した。