Yayoi Watanabe
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この人は?
渡辺 やよい(わたなべ やよい、1952年8月24日 - )は、日本の元女優。東京都北区王子出身。映画デビュー直後まで、本名(旧姓)の渡辺 弥生(わたなべ やよい)でテレビドラマに出演していた。結婚後の本名は蔵間 弥生(くらま やよい)。身長155cm、B87cm、W58cm、H88cm(1971年3月)。 来歴 小学生の頃から東映児童研修所に通う。『ハレンチ学園』で初代十兵衛を演じた同研修所の同窓・児島美ゆきに続き、1971年に映画『新・ハレンチ学園』の二代目十兵衛役で初主演した。これが高校(東洋女子)に知られ、退学の憂き目に遭う。以後、千葉真一主演作品での助演や、東映ポルノ、アクション映画、テレビドラマなどに出演した。ヌードも厭わず細身の体ながら豊満な乳房を披露し、雑誌にもヌードグラビアが掲載された。『月刊平凡』1971年3月号の同世代の女優との対談ではルノー・ヴェルレーが理想の男性と述べていた。 映画監督の鈴木則文は渡辺について「演技力も確かで性格も良く、明るい笑顔が魅力。日本的な小柄の体型だが、トランジスターグラマー」と評している。1972年の『徳川セックス禁止令 色情大名』で主演予定の池玲子が断ったことから鈴木は渡辺を代役に起用するつもりだったが、脚本を共作した掛札昌裕や企画の天尾完次から杉本美樹を推され、意外性を優先する形で渡辺を諦めた。その後も鈴木は渡辺を重要な助演女優として使い続け、東京撮影所で異才監督として売り出し始めた伊藤俊也にも厚遇された。 1972年に女性タレントとして初めて避妊具(不二ラテックスのコンドーム)のCMに出演し、勇気ある決断と話題を呼んだ。テレビでの放送はなく販売促進器というショーケースの上部にアイ・キャッチャーとしての飾り写真のみだが、不二ラテックスが発売した高感度コンドームを渡辺が膨らませたり、引き延ばしたりする図柄の写真で、茶目っ気たっぷりに得意の寄り目で商品を見ているポーズ。不二ラテックスの創業社長・岡本忠大が自ら交渉に出向き、承知してくれないだろうと考えていたが、当時19歳の渡辺は知っていて承知したのか、知らなくて承知したのか分からないが、簡単に引き受けて、岡本社長を驚かせた。ギャラは70万円。
経歴
- 1952Born
豆知識
- •Place of birth: Kita
- •Citizenship: Japan
- •Known as: actor, erotic photography model