
ウォルター・モンデール(Walter Mondale)
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ウォルター・フレデリック・モンデール(英語:Walter Frederick Mondale、1928年1月5日 - 2021年4月19日)は、アメリカ合衆国の政治家。同国第42代副大統領(在任:1977年1月20日 - 1981年1月20日)。ミネソタ州検事総長、同州選出連邦上院議員、駐日アメリカ合衆国大使を歴任した。1984年アメリカ合衆国大統領選挙での民主党の大統領候補であった。 来歴 生い立ち・軍歴 1928年1月5日にミネソタ州セイロンに誕生する。父親のセオドア・ジーグヴァード・モンデールは、ノルウェー系でメソジスト派の牧師を務めており、母親のクラリベル・ホープ(旧姓カウァン)は音楽教師であった。幼少時をミネソタ南部の小さな町で過ごし、その中にはヘロンレイクやエルモアが含まれた。後の1980年アメリカ合衆国大統領選挙でそれらの町を故郷だと述べた。異母兄のレスター・モンデールはユニテリアン派の牧師であった。 セントポールのマカレスター大学に入学した後、パブリック・アイビーの1つであるミネソタ大学に編入し、1950年にミネソタ大学を卒業した。ロー・スクールに通うための経済的余裕が無かったため、陸軍に入隊した。朝鮮戦争時の2年間をフォート・ノックスで過ごし、伍長まで昇進した。除隊後に復員兵援護法による奨学金を利用してミネソタ大学ロースクールに入学して1956年に卒業した。 政治家 マカレスター大学在学中にミネアポリスのヒューバート・H・ハンフリー市長の選挙運動を手伝ったのがきっかけで政界入り。弁護士、ミネソタ州司法長官を経て1964年、リンドン・ジョンソン政権の副大統領に就任したヒューバート・H・ハンフリーの後継者としてアメリカ合衆国上院議員に当選。上院の民主党内では急進派と保守派の中間的な立場であった。 1976年アメリカ合衆国大統領選挙で民主党の大統領候補であるジミー・カーターから副大統領候補に選ばれて当選した。1977年1月20日から1981年1月20日まで副大統領を務めた。副大統領として就任直後からヨーロッパを訪問するなど国内外を廻る。しかし1980年アメリカ合衆国大統領選挙では共和党のレーガンとブッシュに敗北して下野した。 1984年アメリカ合衆国大統領選挙では、共和党の現職であるレーガン大統領に対する民主党の大統領候補に正式指名される。副大統領候補には女性として史上初の2大政党指名候補となるジェラルディン・フェラーロ下院議員を立てた。選挙戦ではリベラル寄りの主張を展開し、レーガノミクス・軍拡路線を批判したが、選挙人投票で525票対13票で敗れる。