
ウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin)
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ウラジーミル・イリイチ・レーニン(ロシア語: Влади́мир Ильи́ч Ле́нин、1870年4月22日 – 1924年1月21日)は、ロシアの革命家、政治家、哲学者。ロシア社会主義連邦ソビエト共和国およびソビエト連邦の創設者であり、初代最高指導者。ロシア社会民主労働党で活動したあと、同党から分裂したボリシェヴィキを率いて1917年の十月革命を成功させ、世界史上初の社会主義政権を樹立した。ロシア共和国の人民委員会議議長(首相)として1922年のソビエト連邦の成立を指導し、1924年に死去するまでソ連人民委員会議議長の地位にあった。「レーニン」は筆名(#筆名も参照)であり、本名はウラジーミル・イリイチ・ウリヤノフ(ロシア語: Влади́мир Ильи́ч Улья́нов)。 1919年には第二インターナショナルに代わる共産主義政党の国際組織としてコミンテルンの創設を主導。マルクス主義者として政治、経済の分析から哲学に至るまでさまざまな著作を残し、マルクス主義を理論的に発展させた。その思想はレーニン主義およびマルクス・レーニン主義として継承され、世界の社会主義国および国際的革命運動に大きな影響を与えた( § 国際的影響)。 概要 1870年、ロシア帝国シンビルスク(現:ウリヤノフスク)で中流階級の教育者の家庭に生まれた。1887年、皇帝暗殺計画に関与した兄が処刑されたのちに革命思想に染まり、学生運動に参加してカザン大学を放校された。1893年にはサンクトペテルブルクに移り、マルクス主義活動家となったが、1897年に扇動罪で逮捕され、シベリアの寒村での流刑に処された。刑期が終わると西ヨーロッパに移り、ロシア社会民主労働党の幹部として頭角を現したが、同党は1903年にレーニン派のボリシェヴィキとマルトフ派のメンシェヴィキに分裂した。1914年に勃発した第一次世界大戦については資本家による帝国主義戦争と定義し、戦争を全ヨーロッパ的なプロレタリア革命へと転化することを提唱した。1917年の二月革命で帝政が崩壊し、ロシア臨時政府が樹立されると、封印列車で帰国したレーニンはボリシェヴィキの指導者として反臨時政府運動を展開し、十月革命によって体制を転覆させ、自身が首班となるソビエト政権を樹立した。