
Virginia Cherrill
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ヴァージニア・チェリル(Virginia Cherrill, 1908年4月12日 - 1996年11月14日)はアメリカ合衆国の女優。チャールズ・チャップリンの1931年の映画『街の灯』における盲目のヒロインとして知られるが、それに関わること以外は断片的にしか知られていなかった。しかし、没後になってからその生涯が徐々に知られるようになった。 生涯 前半生 ヴァージニア・チェリルは1908年4月12日、イリノイ州ハンコック郡カーセッジの農場主ジェームズ・E・チェリルとブランシュ・チェリル(旧姓:ウィルコックス)の間に生まれる。ウィスコンシン州ケノーシャの学校を卒業後、シカゴに出た。ヴァージニアは当初、芸能界には興味を持っていなかったが、のちに『シェーン』の主演を務めたアラン・ラッドの二番目の妻となるスー・キャロルと親友になり、後年、その縁が元になってハリウッド映画に出ることとなる。1925年、ヴァージニアはシカゴで『クイーン・オブ・アーティスト・バル』に選ばれる。興行王フローレンツ・ジークフェルドがヴァージニアに接近して舞台に出演するようスカウトを行ったものの、ヴァージニアはこれを了承しなかった。やがて新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストからの誘いを受けてカリフォルニアに移り、またシカゴ時代に知り合った弁護士のアーヴィング・アドラーとの結婚生活を始めるが、この結婚生活はヴァージニアを失望させるものだった。この時点では、むしろ社交界に軸を置いていた。 映画界 ヴァージニアとチャップリンの出会いには二通りの説がある。1928年夏、アドラーとの結婚が破たんしたヴァージニアはハリウッドに遊びに来ており、ハリウッド・アメリカン・リージョン・スタジアムで行われたボクシングの試合を見に来ていたチャップリンに目をかけられ、チャップリンのスクリーンテストを受けることになった、というもの。もう一つはチャップリン自身の弁によるもので、サンタモニカのビーチで水着姿で撮影中のヴァージニアの姿が忘れられず、スクリーンテストへの誘いの電話をかけた、というものである。チャップリンはヴァージニアにエドナ・パーヴァイアンスのような雰囲気を感じており、また、ヴァージニア以外の女優にも『街の灯』として結実する新作に登場させる盲目のヒロインの役に必要な「盲目の人間の演技」のテストを行わせたが、ヴァージニアのみが「自然に盲目らしく見せる」ことに成功したこともあって、ヴァージニアが新作のヒロインに選ばれた。ヴァージニアの両親、ジェームズとブランシュはヴァージニアの映画界入りには賛成していなかった。