
トニー・アボット(Tony Abbott)
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アンソニー・ジョン・"トニー"・アボット(英語: Anthony John "Tony" Abbott、1957年11月4日 - )は、オーストラリアのジャーナリスト、政治家。元オーストラリア自由党党首。第28代オーストラリア連邦首相。宗教はカトリックである。 経歴 1957年11月4日にイギリスのロンドンで、オーストラリア国籍の両親の間に誕生した。アボットの父であるリチャードはニューカッスル・アポン・タインで生まれ、近郊の村で育った。アボットは第二次世界大戦中に家族とともにオーストラリアに移住している。母フェイはシドニー出身のオーストラリア人である。1960年に幼いアボットは両親とともにオーストラリアへ帰国した。シドニー郊外のチャッツウッドに一家は居を構えた。シドニー大学で経済学と法学を専攻し、学生代表委員会会長を務める。またボクサーとしての活動歴もある。シドニー大学卒業後はローズ奨学生としてオックスフォード大学ザ・クイーンズ・カレッジに留学し、オックスフォード大学で修士号(政治・哲学専攻)を取得する。1984年、カトリックの神学校であるセント・パトリック神学校へ入学しカトリック司祭になるための勉強を始め、イエズス会に影響を受けたが、その後中退した。神学校をやめてから出会ったのが、シドニーで働くニュージーランド人のマーガレット・エイトケンで、2人は1988年に結婚した。妻との間にルイーズ、ブリジェット、フランセスの3子がいる.。学生時代よりライターとして活動していた縁でオーストラリアンなどに記事を寄稿しジャーナリストとして活動を始める。記事の中で労働組合や左派系政党を批判する論調を展開した。 政界入り 1990年から1993年までオーストラリアの政治家ジョン・ヒューソン秘書、1993年から1994年までオーストラリア立法君主連合事務局長を務める。1994年、ニューサウスウェールズ州の連邦議会補欠選挙で当選し政界入りした。ジョン・ハワード政権下に2001年に環境大臣、2003年に健康保険大臣に就任した。2009年に行われた自由党内の党首選挙でマルコム・ターンブルに替わって党首に就任した。ハワード政権退陣後、自由党はブレンダン・ネルソン、ターンブルと党首交代が相次ぎ迷走が続いていたが、アボットは退潮傾向に歯止めをかけ、2010年6月には人気の高かった首相のケビン・ラッドを退陣に追い込み、同年8月の総選挙では情勢を接戦に持ち込んだ。 首相としての活動 2013年9月の総選挙では与党の労働党を大差で下し、政権交代を実現させる。同月18日、就任宣誓式を行い第28代オーストラリア連邦首相に就任した。 2014年4月に来日。