
トミスラヴ・ニコリッチ(Tomislav Nikolić)
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トミスラヴ・ニコリッチ(セルビア語:Томислав Николић、1952年2月15日 - )は、セルビアの政治家。同国の第4代大統領を務めた。かつてセルビア急進党に属し、2003年2月23日よりその副党首となり、党首のヴォイスラヴ・シェシェリに代わって実質的に党を指導する立場にあったが、シェシェリとの方針の違いから2008年9月6日に急進党を離れてセルビア進歩党を設立し、その党首となった。 2007年5月8日から同年5月13日まで国民議会の議長を務め、また1999年から2000年までは連立与党の一員としてユーゴスラビア連邦共和国の副首相を務めた。 多数の書籍を執筆しており、その多くは政治に関するものである。トミスラヴ・ニコリッチとその妻のドラギツァ・ニコリッチ(旧姓ニンコヴィッチ)の間には2人の息子がいる。出身はセルビア中部の街・クラグイェヴァツである。 来歴 1990年代に人民急進党(People's Radical Party)の一員となり、同党はセルビア・チェトニク運動と合同してセルビア急進党が結成された。ニコリッチは1991年1月23日の創設時より急進党に属している。後にその副党首に選出され、3度にわたって再選されている。 ニコリッチは1991年より国民議会の議員であり、2010年に至るまでずっとその地位にあり続けた唯一の人物となっている。スロボダン・ミロシェヴィッチ支配下のセルビア社会党政権の時代、ニコリッチとシェシェリは懲役3箇月を宣告され、コソボのジラニ / グニラネの刑務所で服役した。しかし、1998年3月にはニコリッチらの属するセルビア急進党は社会党との連立政権を組み、ニコリッチはセルビア共和国の副首相となり、1999年からはユーゴスラビア連邦共和国の副首相となった。 2007年5月8日、国民議会はニコリッチを議長として選出した。244議席中、セルビア急進党のニコリッチが142票、対抗する民主党のミレナ・ミロシェヴィッチ(Milena Milošević)は99票を得た。セルビア民主党(民主党とは異なる)はニコリッチを支持した。国際連合の暫定統治下にあったコソボでは、コソボ民主党のハイレディン・クチ(Hajredin Kuçi)、ORA改革党(Reformist Party ORA)のユリ・ホッジャ(Ylli Hoxha)、首相のアギム・チェク(Agim Çeku)らはニコリッチのセルビア国民議会議長就任に関して、「コソボにとって破壊的で危険」として非難した。5月9日、ニコリッチはロシアの駐セルビア大使・アレクサンドル・アレクセエフ(Aleksandr Alekseyev)と面会し、ベラルーシとロシアの国家連合にセルビアも加わることを望むとする談話を発表し、「アメリカと欧州連合による寡占支配に対抗する」とした。