
ティナ・ターナー(Tina Turner)
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ティナ・ターナー(Tina Turner、本名:アンナ・メイ・ブロック・バーク(英語: Anna Mae Bullock-Bach)、1939年11月26日 - 2023年5月24日)は、アメリカ合衆国生まれの女性歌手、ダンサー、女優。同国南部に生まれ育ち、2013年にはスイスの市民権を得ている。芸歴は65年以上に及び、1984年に代表曲「愛の魔力」「孤独のヒーロー」「ホワット・ユー・ゲット・イズ・ホワット・ユー・シー」「アイ・ドント・ウォナ・ファイト」などヒットを多数生み「ロックンロールの女王」と呼ばれ、幅広い層のファンに認められており、多くの受賞歴を持つ。 概要 ターナーのミュージシャンとしての経歴は1950年代半ばに始まる。最初は、アイク・ターナーのキング・オヴ・リズムの看板歌手としてのデビューだった。最初の録音は1958年に「リトル・アン」の名義で行われている。ティナ・ターナーとして初めて舞台に立ったのは、1960年、アイク・アンド・ティナ・ターナー・レヴューの一員として活動を始めた時である。デュオの名義で売り出した一連の曲がヒットとなり、キャリア上意義ある成功を収めている。その曲は、「ア・フール・イン・ラヴ」(1960)、「リヴァー・ディープ-マウンテン・ハイ」(1966)、「プラウド・メアリー」(1971)、「ナットブッシュ・シティ・リミッツ」(1973)といったものである。彼女は自叙伝の中で、1976年にアイクと別れ1978年に離婚が成立する以前には、アイクのひどい家庭内暴力によって苦しめられたことを、いくつか具体例を挙げて明かしている。バプティスト派の信徒として育てられたが、友人から教えられた仏教に活路を見出し、辛い時期を乗り越えながらトップエンタテイナーの道を切り開いた。 アイク・ターナーと離婚した後、ティナ・ターナーは公演を積み重ねて自らの経歴を改めて作り直してきた。ソロ・アーティストとして音楽チャートに衝撃を与えようとまずは頑張っていたのである。1980年代の初期にターナーはヒットを再び連発し、カムバックを果たす。1983年、シングル「レッツ・ステイ・トゥゲザー」から始まって、1984年には5枚目のソロ・アルバムである『プライヴェート・ダンサー』を発売、世界中で成功を収める。このアルバムの収録曲の中で一番売れた曲「愛の魔力」は、後にターナーの自叙伝に基づいて創られた自伝的映画のタイトルにもなった。音楽面での経歴に加えて、ティナ・ターナーは女優としても成功を収めている。彼女が出演した映画としては、1975年のロック・ミュージカル「トミー」、1985年にメル・ギブソンとともに主演を務めている超大作「マッドマックス/サンダードーム」、顔見せ役で登場する1993年の「ラスト・アクション・ヒーロー」などが挙げられる。