
トトメス3世(Thutmose III)
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トトメス3世 (英:Thutmose III, 独:Thutmosis III., 仏:Thoutmôsis III)は、古代エジプト第18王朝6代目のファラオ(在位:紀元前1479年4月28日 - 紀元前1425年3月11日)。およそ54年のトトメス3世の統治の中での最初の22年間は、彼の継母であり叔母であるハトシェプストとの共同統治であった。残存している石碑にはトトメス3世の即位名の方が先に書いてあるものの、王としてふるまったハトシェプストも即位名が記され、両者は対等に扱われていたことがうかがえる。 ハトシェプストの死後はエジプト唯一のファラオになり、トトメス3世はエジプト史上最大の帝国を築いた。東と南への大出兵は17回以上にも及び、南はナイルの第四急流、東はメソポタミアの強国ミタンニ王国の領土拡張を阻み、同国をユーフラテス川の東に封じ込めた。トトメス3世は、エジプトのこの時代の他の王たちと同様に王家の谷に埋葬された。 また、治世の最後の2年間では、トトメス3世は息子のアメンホテプ2世を共同統治者に任命した。 家族 父はトトメス2世、母はイシス。トトメス2世の偉大なる王の妻はハトシェプストであった。トトメス3世の父が没した時、彼は幼少であったためハトシェプストは彼の摂政になり、トトメス3世の王権を否定することなく、自身がファラオであると宣言した。ハトシェプストは「統治者は男である」という原則に従い、儀式の時に付け髭を用いた。若年のトトメス3世はエジプトに対してほとんど力を持っていなかったのに対し、ハトシェプストは正式なる王権を行使した。彼女の支配はエジプトを大いに繁栄させ、進歩させた。トトメス3世が適切な年齢に達し、その能力を示したとき、ハトシェプストはトトメス3世に自分の軍隊を率いさせた。 トトメス3世には数人の妻がいた。 サトアイフ:トトメス3世の偉大なる王の妻。トトメス3世は彼の長男で王位継承者であったアメンエムハト(英語版)に先立たれているが、サトイアフはその母親であった可能性がある。別の説では、アメンエムハトはネフェルラーの息子であったとされている。 ネフェルラー:トトメス3世は彼の異母姉妹と結婚した可能性があるが、決定的な証拠はない。 メリトラー・ハトシェプスト:トトメスの後継者であったアメンホテプ2世は、メリトラー・ハトシェプストの息子だった。 ネブトゥ:彼女はトトメス3世の墓の柱に描かれている。 また、他にメンヘット・メンウィ・メルティという3人の外国人の妻がいた。