
ビートたけし(Takeshi Kitano)
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この人は?
ビートたけし(1947年〈昭和22年〉1月18日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、キャスター、司会者、映画脚本家、監督。本名、北野 武(きたの たけし)。 1980年代初頭に起こった漫才ブームで、漫才コンビツービートとして活躍した。社会風刺を題材としたシニカルな笑いで人気を獲得し、テレビ番組『THE MANZAI』『オレたちひょうきん族』などに出演し、それらも大ヒットした。1980年代後半からは俳優として映画やテレビドラマにも出演し、1990年代からは映画の脚本家・監督としても活動している。2008年にはTBSテレビのニュース番組『情報7daysニュースキャスター』のメインキャスターを務めた。 1989年の『その男、凶暴につき』で映画脚本家・監督デビューし、『ソナチネ』(1993年)では世界的に高い評価を得た。1997年の『HANA-BI』ではベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した。2010年にフランス芸術文化勲章コマンドゥール、2016年にレジオン・ドヌール勲章オフィシエ、2018年に旭日小綬章を受章。 概要 東京都足立区島根出身。東京都立足立高等学校を卒業し、明治大学工学部機械工学科中退(のちに特別卒業認定)。東京芸術大学大学院映像研究科特別教授(2005年 - 2008年)。 明石家さんま、タモリと共に、日本の「お笑いBIG3」として知られる。 日本国内の場合、映画監督時や『平成教育委員会』などの番組では本名の「北野武」名義を用い、その他の番組や、映画の出演者として出演するときは、芸名の「ビートたけし」名義でタレント活動している。日本国外では本名である『Takeshi Kitano』名義であるが、『Beat Takeshi Kitano』という、本名と芸名を併せた名義を使うこともある。また、絵画では「ビートたけし・北野武」と、併用名義を使用する。 落語立川流Bコースの一員で、高座名は「立川錦之助」。近年は落語を口演する際、立川談春から一字もらい「立川梅春」を名乗っている。 来歴 生い立ち 塗装職人の父・北野菊次郎(1899年 - 1979年)と、母・北野さき(1904年 - 1999年)の四男として生まれる(幼少時に早逝した兄が一人いるため、実質は三男として育つ)。「竹のようにどんなものにも耐えてすくすく伸びてほしい」との願いから、「武」と命名された。 『平凡パンチ』1978年11月13日号のインタビュー記事では「浅草に生まれて、下町に育った」と語っており、1982年『週刊サンケイ』の小林信彦との対談でも「生まれたのは浅草(台東区)で、すぐ移って、物心ついた時には足立区にいたんです」と話している。