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スコット・モリソン (政治家)

スコット・モリソン (政治家)(Scott Morrison)

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スコット・ジョン・モリソン(英語: Scott John Morrison 、1968年5月13日 - )は、オーストラリアの政治家。第30代オーストラリア首相、オーストラリア自由党党首。愛称はスコモ(ScoMo)。 来歴 生い立ち 1968年5月13日、ニューサウスウェールズ州・シドニーのウェイヴァリーで誕生し、母のマリオン(旧姓・スミス)と父のジョン・モリソンとの間に誕生した次男。ジョンは、16年間ウェイヴァリー市議会で勤務した警察官で、短い間市長も務めた。また、モリソンの母方の祖父は、ニュージーランドで誕生した。 幼少期はブロンテ郊外で育った。子供の頃に俳優としての短いキャリアを持ち、いくつかのテレビコマーシャルに出演した。シドニー男子高等学校を卒業後、ニューサウスウェールズ大学で応用経済地理学の学士号を成績優秀プログラム(Honours degree)で修めた。 大学卒業後 大学を卒業した後、1989年から1995年まで、オーストラリア不動産評議会の国家政策研究の責任者を務めた。その後観光業に携わり、オーストラリア観光特別委員会の長官代理と観光評議会のジェネラルマネージャーを歴任した。1998年にニュージーランドへ移住し、新設された観光スポーツ局の局長に就任した。そこで当時観光担当大臣であったマーレイ・マッカリーと親密な関係を築いた。 政界進出 2000年4月、ニューサウスウェールズ州の自由党の責任者になるためにオーストラリアに戻った。2001年と2003年の国政選挙で、党の選挙運動を取り仕切った。2004年、その役職を降り、ジョン・ハワード政権下に創設された観光局の初代局長に就任した。しかし、2006年にフラン・ベイリー観光担当大臣との闘争に敗れ解任される。 野党時代 (2007–13) 議員を務めていたブルースベアードの辞職後の2007年に自由党の予備選挙を求めて実施されたが、結局マイケル・トゥークに敗れて党の公認候補になれなかった。 しかしトゥークに経歴詐称などの不正の疑惑が浮上したため党執行部は予備選挙のやり直しを決定し、これにモリソンは勝利した(疑惑は誤報だった)。 2008年には住宅や地方自治体担当の影の大臣(影の内閣)に任命された。翌年には影の移民・市民権大臣に就任してリーダーシップを発揮した。ターンブルやアボットといった次期首相に才能を買われた。

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