
ロイ・エストラーダ(Roy Estrada)
ロイ ラルフ モールマン ワカモレ グアダルーペ イダルゴ エストラーダ
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ロイ・エストラーダ(Roy Estrada、1943年4月17日 - 2025年8月14日)は、アメリカ合衆国のベーシスト、作曲家。フランク・ザッパが率いたザ・マザーズ・オブ・インヴェンション(以下、MOI)のオリジナル・メンバーで、MOIの同僚だったローウェル・ジョージとリトル・フィートを結成した。2012年1月からテキサス州の刑務所に服役していた。 来歴 カリフォルニア州サンタアナにて、ヒスパニックの家系に生まれる。本名は、ロイ・ラルフ・モレマン・グアカモーレ・グアダルーペ・イダルゴ・エストラーダ(Roy Ralph Moleman Guacamole Guadalupe Hidalgo Estrada)。アコーディオン、ギターを経て12歳の時にベース・ギターを弾くようになった。16歳の時から音楽活動を始め、1960年にはロイ・エストラーダ・アンド・ザ・ロケッティアーズを結成してシングルを発表した。 1964年、レイ・コリンズ(ボーカル)、ジミー・カール・ブラック(ドラムス)らとR&Bグループのザ・ソウル・ジャイアンツを結成。彼等は1965年にザッパを迎えてバンド名をザ・マザーズに変更し、さらにデビュー・アルバム『フリーク・アウト!』(1966年)の発表に際して正式にMOIを名乗るようになった。エストラーダはMOIのオリジナル・メンバーとしてベース・ギターとファルセット・ボーカルを担当した。 1969年10月にザッパがMOIの解散を宣言すると、同年5月に薬物摂取を理由にMOIを解雇されたローウェル・ジョージとリトル・フィートを結成した。そして2作のアルバムの制作に携わったが、支持がほとんど得られなかったので、2作目の『セイリン・シューズ』をもって離脱した。 1972年、ドン・ヴァン・ヴリートが率いるキャプテン・ビーフハート・アンド・ザ・マジック・バンドに加入して、アルバム『クリア・スポット』の制作とライブ活動に携わった。 1975年9月、MOIに復帰して12月までの国内及びカナダでのツアーに参加。1976年1月から3月まで、MOI最後のライブ活動となったハワイ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパを巡るワールド・ツアーに参加し、2月にはMOIにとってもザッパにとっても唯一の日本公演のメンバーとして来日した。ツアー終了後、MOIを消滅させてソロ活動に専念するようになったザッパの『ズート・アリュアーズ』(1976年)の制作に参加。その後も彼の『たどり着くのが遅すぎて溺れる魔女を救えなかった船』(1982年)、『ザ・マン・フロム・ユートピア』(1983年)などのアルバムに参加した。 下記の罪状で服役して2002年に釈放され、音楽界に復帰してMOIの元メンバーとともにザ・グランドマザーズのライブ活動を不定期に開催した。
経歴
- 1943Birth