
ロンダ・ラウジー(Ronda Rousey)
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ロンダ・ラウジー(Ronda Rousey、1987年2月1日 - )は、アメリカ合衆国の柔道家、プロレスラー、女優、総合格闘家。カリフォルニア州リバーサイド出身。初代UFC世界女子バンタム級王者。第4代Strikeforce女子バンタム級王者。UFC殿堂入り。チーム・ハヤスタン/グレンデール・ファイトクラブ所属。北京オリンピック柔道70kg級銅メダリスト。アメリカの女子柔道史上初のオリンピックメダリスト。 母親のアン・マリア・ラウジー・デマルスも柔道家で、1984年の世界選手権56kg級で優勝している。夫は総合格闘家のトラヴィス・ブラウン。 来歴 へその緒が巻きついて産まれてきた影響で、6歳頃までは言いたいことが上手く言葉に出来ない言語障害があったが、言語聴覚士との訓練で障害を克服した。8歳のときには、父親がソリ滑りの事故で背骨を骨折、合併症を引き起こして余命宣告を受けた後に自殺している。 柔道 8歳までは水泳をやっていたが、父親が亡くなったのをきっかけに柔道に転向した。 16歳のときにジム・ペドロ・シニアとジミー・ペドロの柔道家親子に出会い、途中に別のコーチに変更することもあったが2003年から2009年まで指導を受けた。ロンドンオリンピックの柔道78kg級金メダリストのケイラ・ハリソンはラウジーの後輩で、同じペドロ門下生として普段の練習は勿論のこと、ペドロの自宅に住み込みで厳しい合宿を行うなど切磋琢磨した練習仲間でもある。 2004年、8月に17歳でアテネ五輪に63kg級で出場し、一回戦で敗退したが、10月に開催された世界ジュニア柔道選手権に63kg級で出場し、金メダルを獲得した。 2006年、世界ジュニア柔道選手権63kg級に出場し、銅メダルを獲得した。 2007年、階級を70kg級にあげ、世界柔道選手権で銀メダル、パンアメリカン競技大会で金メダルを獲得した。 2008年、北京オリンピックの70kg級に出場。準々決勝でオランダのエディス・ボッシュに敗れたが、敗者復活戦を勝ち上がり、銅メダルを獲得、アメリカの女子柔道選手で初のオリンピックメダリストになった。
経歴
- 1987Born
- Won British Sports Book Awards
豆知識
- •Place of birth: Santa Monica
- •Citizenship: United States
- •Known as: mixed martial arts fighter, judoka, professional wrestler, martial artist
- •Sport: judo
- •Spouse: Travis Browne