
ロマン・ガリー(Romain Gary)
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ロマン・ガリー(Romain Gary, 1914年5月8日 – 1980年12月2日)は、フランスの小説家、映画監督、外交官。ロオマン・ギャリイ、ロマン・ガリ、ロマン・ギャリー等と表記されることもある。 生涯 1914年、ロシア帝国領ヴィリナ(後にポーランド領ヴィルノ、現在はリトアニア共和国の首都ヴィルニュス)で生まれた。出生名はロマン・カツェフ(Roman Kacew)。 14歳の時、母と共にフランスニースに移り住み、フランスに帰化した。 第二次世界大戦後、フランス外務省に勤務し、ブルガリア、スイス、アメリカ各国の大使館参事官や、ロサンゼルス駐在領事を務めた。 1956年ロマン・ガリー名義(『自由の大地 天国の根』)と1975年エミール・アジャール名義(『これからの一生』)で、2度ゴンクール賞を受賞した。 映画女優のジーン・セバーグと結婚し、『ペルーの鳥』の監督など映画界でも活躍した。『レディL』など映画化された作品も多い。 1980年12月2日、拳銃自殺。自殺の直前にガリマール社の担当者へ、自分の死はジーン・セバーグの自殺とは関係ないことと、エミール・アジャールが自分であることを記した文書を送った。文書の最後は、「大いに楽しんだ。ありがとう。さようなら」と結ばれていた。 人物 ロジェ・グルニエは次のように書いている。「バック通りはわが祖国だ」、ギャリはこう語っていた。ギャリのなかには、タタール人、ユダヤ人、ロシア人、ポーランド人と、さまざまな血が混じっていたけれど、彼は世界市民にも、ヨーロッパ市民にも、フランス市民にもなりたいとは思わなかった。 受賞歴 ゴンクール賞 (1956年) - ロマン・ガリー、(fr:Les racines du ciel(『天国の根』)に対して) (1975年) - エミール・アジャール、(La vie devant soi(『これからの一生』)に対して) 作品 ロマン・ガリー名義 『白い嘘』(Education européenne(A European Education))(1945) Tulipe (1946) Le grand vestiaire(The Company Of Men) (1949) Les couleurs du jour(The Colors of the Day) (1952) 『自由の大地 天国の根』(Les racines du ciel(The Roots of Heaven)) Lady L.