
ロドリゴ・ドゥテルテ(Rodrigo Duterte)
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ロドリゴ・ロア・ドゥテルテ(英語: Rodrigo Roa Duterte、1945年3月28日 - )は、フィリピンの政治家。同国第16代大統領(在任:2016年6月30日 - 2022年6月30日)。かつて検察官、ダバオ市長(7期)などを務めた。 人物 1945年3月28日にレイテ島のマアシンに誕生した。父親ビセンテは法律家、母のソレダッドは学校教師という家庭に育ち、幼少時にダバオに移った。父はフェルディナンド・マルコス政権で内務相を務めたが、ドゥテルテはマルコスの英雄墓地への埋葬を主張し、マルコスの遺族からも支援を受けていた。 大学時代の恩師はフィリピン共産党の創設者で毛沢東主義者のジョマ・シソンであり、シソンからは大統領選挙での支持も受けている。また、共産党員を閣僚に起用する案を掲げるなど、共産党との協力にも積極的であった。大統領就任後は新人民軍との間で、無期限の停戦合意にも成功している。 10代の頃には喧嘩に明け暮れていて、度々刑務所に出入りをしていた。そして16歳の時には喧嘩で人を刺殺したと語っている。 大学卒業後は法科大学院に進む。在学中に同級生から少数民族の出自をからかわれ、この同級生を大学の廊下で銃撃する事件を起こしたが退学は免れた。ダバオの検察官として約10年働いた後、政界に進出した。 母方の祖父が福建省出身の華人で呂(Roa)という名字を名乗っており、母親の旧姓もRoaであった。ドゥテルテも中国語についても「聴いてて理解できる」と語っており、前述の外祖父が中国人であると発言している。 タガログ語、ビサヤ語、英語を話すことができ、ミンダナオ島で地元民に語りかける時にはビサヤ語を使う。 性的少数者の権利などに関するドゥテルテの意見は一貫しておらず、度々意見は変わっているが、本人は元妻のエリザベス・ジマーマンに出会う以前まで同性愛者だったと言い、「(元妻の)ジマーマンとの関係を始めて、そうだこうでなければと思った。私は再び男になったんだ」として「私は自分で(同性愛を)治した」と発言した。 2019年10月に難病の重症筋無力症を患っていることを明かしている。 政治経歴(大統領就任以前) ダバオ市長など 1988年2月ににダバオ市長に選出され、1992年と1995年に改選されて3期務めた。4期以降は憲法の多選禁止規定に引っかかるため、1998年6月にダバオで初となる下院議員となり、2001年6月まで務める。2001年6月に再びダバオ市長に立候補して当選し、2004年と2007年に改選されて3期務め、その任期は合計で6期に渡る。