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リヴァー・フェニックス

リヴァー・フェニックス(River Phoenix)

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リヴァー・ジュード・フェニックス(英: River Jude Phoenix、旧姓: ボトム/Bottom、1970年8月23日 - 1993年10月31日)はアメリカ合衆国出身の映画俳優。非凡な演技力と哀愁でジェームズ・ディーンの再来と騒がれたが、23歳で夭折した。代表作は『スタンド・バイ・ミー』。アカデミー主演男優賞などを受賞しているホアキン・フェニックスは弟。 生い立ち 1970年8月23日(午後12時3分)、アメリカ合衆国オレゴン州マドラスで、カトリック教徒で大工の父、ジョン・リー・ボトム (1947-2015) と、ハンガリー系=ロシア系正統派ユダヤ教徒の母、アーリン・ドュネッツ (別名:ハート・フェニックス,1944-) との間に長子として誕生。後に5人きょうだいとなる。 名はリバー・ジュード・ボトム。ファーストネームはヘルマン・ヘッセの小説『シッダールタ』の中の「生命の川(River of Life)」、ミドルネームはビートルズの楽曲「ヘイ・ジュード」に由来する。 1973年に家族でカルト宗教団体「神の子供たち」(現在のファミリー・インターナショナル)に入り、両親が宣教師となったことで幼少期は南アメリカの各地を転々とした。 1977年、家族は「神の子供たち」から離脱し帰国、カリフォルニア州のロサンゼルスに移る。灰から甦るフェニックスのように自分たちの新しい人生への再生の意味を込め、家族でファミリーネーム自体をフェニックス(Phoenix)に改めた。 帰国後も妹と共に路上パフォーマンスで生活費を稼ぎエージェントの目に留まった。TV出演後、映画『スタンド・バイ・ミー』で世界的に注目されるようになる。 俳優業 母がNBCの職に就き、アイリス・バートンがエージェントをつとめ、10歳でテレビに初出演、広告やテレビシリーズの仕事を経て、1985年『エクスプロラーズ』で映画俳優としてデビューした。 不朽の名作 1986年、15歳で演じた『スタンド・バイ・ミー』のクリス役で世界的にブレイクした。無名の少年達が主役のため配給会社が決まらず非常に難航、試写結果も散々、ゴリ押しで最終的にコロンビア・ピクチャーズに決定したがその経緯についてマイケル・オーヴィッツは元コロンビアのプレジデントで当時ユニバーサルの会長だったフランク・プライスに「人間関係が壊れるかもしれないというくらいの強いプレッシャーをかけ、彼の影響力を行使してもらったのだ」と回顧録で振り返っている。フランク・プライスは自宅の試写で2人の娘がリヴァーに恋をしたため心が動いた。 1988年の『旅立ちの時』でアカデミー助演男優賞にノミネートされスターダムへ駆け上がっていった。

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