
リカルド・カルヴァーリョ(Ricardo Carvalho)
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リカルド・アルベルト・シルヴェイラ・デ・カルヴァーリョ(Ricardo Alberto Silveira de Carvalho, 1978年5月18日 - )は、ポルトガル・アマランテ出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはディフェンダー。元ポルトガル代表。現在はポルトガル代表アシスタントコーチ。 クラブ経歴 1978年にポルト近郊の都市アマランテに誕生。1996-97シーズンにポルトガルの名門FCポルトの下部組織に入団。翌年にはトップチームでデビューを果たした。1999-00・2000-01シーズンはレンタル移籍されたが、2002年にジョルジュ・コスタの代役としてジョゼ・モウリーニョに抜擢されると2002-03シーズンには多くのタイトルを獲得。カルヴァーリョはポルトガル年間最優秀選手賞を受賞する活躍をした。2004年にはリーグ、スーパーカップ連覇のほかクラブ2度目となるUEFAチャンピオンズリーグ優勝を果たし、チャンピオンズリーグに全試合フル出場したカルヴァーリョもUEFA最優秀DF賞、UEFAチーム・オブ・ザ・イヤーを獲得した。また、その年のバロンドールではルート・ファン・ニステルローイと並んでディフェンダー最上位となる9位に選ばれた。そうした活躍で注目を集めたカルヴァーリョに対して、2004年夏の移籍市場でインテルやFCバルセロナ、レアル・マドリード、マンチェスター・ユナイテッドなどが獲得のための調査を行い、レアル・マドリードは移籍金700万ポンドを提示した。しかし、ポルト側は2,000万ポンド未満でのオファーは受け付けないとし、そのオファーを拒否した。その後、ロマン・アブラモヴィッチが買収して資金力を得たチェルシーから移籍金3000万ユーロのオファーを受けた。 その後、モウリーニョ、パウロ・フェレイラと共にチェルシーに移籍。マルセル・デサイーに代わる存在としてジョン・テリーらとともに強固なディフェンス陣を形成し、50年ぶりとなるリーグタイトル獲得に貢献すると共に、カーリング・カップの2冠を達成する。ノリッジ・シティ戦では初得点も記録。2005-06シーズン、カルヴァーリョは開幕戦に自身を出場させなかったモウリーニョに対し公の場で不満を爆発させた。それに対してアーセナル戦でメンバー漏れし、8万5000ポンドの罰金を科せられた。その後本人は謝罪。この直後に1試合だけ左SBで出場させられた。その試合では1得点決めている。