
ルーベン・リブリン(Reuven Rivlin)
このスターに新着があれば通知でお届け
日別に見る
この人は?
ルーベン・リブリン(ヘブライ語 ראובן ריבלין、Reuven Rivlin, 1939年9月9日 - )は、イスラエルの政治家、元軍人。同国大統領(第10代)、国会議長を歴任した。4人の子供の父親である。 日本の報道では「レウベン・リブリン」とも表記される。 人物・来歴 エルサレムのリブリン家出身。 リブリン家はオーストリアの学者に起源をもつ一族で1670年ごろまで記録が遡れる。この一族は全世界に支族を持ち、全世界でのリブリンファミリーの数は3万5000人を超えている。2011年にはトルコのリブリン家で5万人目のリブリンが出生したと報じられた(en:Rivlin)。イスラエルのリブリン家はオスマントルコ帝国領時代の1809年(もしくは1806年)にイスラエルに移住したイスラエル最古参の一家で、エルサレムのユダヤ人たちの指導者などを務めていた家系であり、一族のヨシフ・リブリン(1838-1897,en:Yosef Rivlin、ヨセフとも。父ヨセフと同名のため、混乱を避けるために以下ヨシフと記載する)は、イスラエル建国前のユダヤ人居住地区の拡充者で、2万人程度のユダヤ人居住地を広げ、65万人まで暮らせる居住地に拡大したため、Shtetlmacher(Town-Maker、町の設立者)とのニックネームを得ていた。いわばイスラエル建国の母体を作った功労者(建国功労者に近い存在)であり、1863年ユダヤ人居住地のアシュケナジムの中央委員会議長(建国後の大統領相当職に近いポジション)に就任している。 その一族であるルーベンが生まれたリブリン家はアシュケナジム(ドイツ系)の流れをくむ一家で父はヘブライ大学エルサレムで教授職にあったヨセフ・ヨエル・リブリン(Yosef Yoel Rivlin、he:יוסף_יואל_ריבלין)。この父はアラビア語翻訳家として知られ、コーランを初めてヘブライ語に翻訳した事で著名となり、第三代イスラエル大統領候補者となっていた。母はエルサレム議会メンバーなどを歴任したレイチェル・レイ・リブリン(旧姓ヤフダ)。母レイチェルの父はイザック・ベンジャミン・イェチェケル・ヤフダ。奇書収集家でニュートンの錬金術などを研究し、後に米国に渡ったアブラハム・シャロム・ヤフダ教授(en:Abraham_Yahuda)は母の叔父にあたる。その家系に1939年9月9日ルーベンは生まれた。 ヘブライ大学卒業後、イスラエル国防軍に入隊。諜報部隊勤務で、六日戦争(第三次中東戦争)では、空挺部隊旅団同行諜報官として前線にも出た。少佐の地位で、軍務を終えると、1988年にリクードから総選挙に出馬、初当選を果たす。党内では司令塔的存在であり強硬派の重鎮として知られ、若手議員からの人望も厚い。