
ラムザン・カディロフ(Ramzan Kadyrov)
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ラムザン・アフマトヴィチ・カディロフ(ロシア語: Рамза́н Ахма́тович Кады́ров、チェチェン語: КъадиргӀеран Ахьмад-Хьаьжин Рамзан, ロシア語ラテン翻字: Ramzan Akhmadovich Kadyrov、1976年10月5日 - )は、ロシアの政治家、軍人。ロシア連邦内チェチェン共和国の第3代首長。民警少将、ロシア連邦英雄の称号を持ち、ロシア軍内の階級は大将である。2004年5月9日に暗殺されたアフマド・カディロフの息子(次男)。 概要 カディロフは欧米の報道では独裁者とみなされ、チェチェンを統治している。カディロフの私兵団カディロフツィはカディロフ政権を維持するための組織として機能している。主に国内でカディロフに異論を唱える者を殺害する組織であり、国外でも破壊活動を行なっている。カディロフツィは2022年ロシアのウクライナ侵攻にも投入された。 日本における報道では、朝日新聞やCNNがカドイロフと表記している。 経歴 生い立ちと暗殺未遂 チェチェン・イングーシ自治ソビエト社会主義共和国ツェントロイ村(Центарой)に生まれる。1996年より、父アフマド・カディロフの補佐官兼ボディーガードを務めた。 2000年5月12日、爆弾による暗殺未遂に遭う。これに対し、父アフマドはアスラン・マスハドフを非難する。 2001年1月16日にはグデルメス郊外で2度目の暗殺未遂事件が発生。 2002年9月30日、グデルメス地区ノヴォグローズネンスキー村において、ラムザンの車に対して発砲事件が起こる。 2003年7月27日にはクルチャロエフ地区ツォツァン・ユルト村において、自爆テロ未遂事件が発生した。 政界 2003年、父の大統領選出後、大統領保安局長となり、独立派との交渉、武器の連邦軍への引渡しに従事した。2004年、マハチカラ・ビジネス法律大学を卒業。その後、チェチェン内務相補佐官を務め、チェチェン共和国国会議員となった。 2004年5月9日に父が暗殺されると、チェチェン住民の多くはラムザンを大統領に推薦した。しかしながら、共和国憲法によれば、大統領となるには満30歳以上であることが必要であったため、ラムザンは選挙に参加しなかった。 2004年5月10日に第一副首相に就任。同年10月10日より、南部連邦管区ロシア連邦大統領全権代表顧問となる。 2005年11月18日、首相代行に任命。同年12月29日、ロシア連邦英雄の称号が授与された。2006年1月より、ロシアの政権与党・統一ロシアの地域支部書記を務める。 2006年2月28日、首相のセルゲイ・アブラモフがラムザンを次期首相に指名して辞職し、3月4日より首相となった。