
R.A.ディッキー
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この人は?
ロバート・アラン・ディッキー(Robert Alan Dickey, 1974年10月29日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州ナッシュビル出身の元プロ野球選手(投手)。 2012年にサイ・ヤング賞、最多奪三振を記録しオールスターゲーム出場を果たした。稀有なフルタイムナックルボーラーとして知られる。 経歴 プロ入り前 1993年、MLBドラフト10巡目(全体277位)でデトロイト・タイガースから指名されるもテネシー大学に進学。 レンジャーズ時代 1996年にMLBドラフトでテキサス・レンジャーズから1巡目(全体18位)で指名を受け、当初81万ドルの契約金を提示されていたが、直後のメディカルチェックで右肘にあるはずの靱帯のうち1つ(内側側副靱帯)を生まれつき持っていないことが判明し、契約金が7.5万ドルに引き下げられた。同年7月に開催されたアトランタオリンピックの野球アメリカ合衆国代表に選出され、同大会では銅メダルを獲得。 2001年にメジャーデビューを果たした。 2003年には9勝8敗1セーブ、防御率5.09を記録した。 2004年には6勝7敗1セーブ、防御率5.61を記録した。 2005年から、それまではチェンジアップ(またはスプリッター)を決め球としていたが、メジャーで生き残るためにはナックルボールを習得するしかないと判断し、チャーリー・ハフの指導を受けてナックルボールを習得していった。 2006年には先発登板するも3イニングを投げて6本塁打を喫するなど散々な内容だった。8月23日に戦力外となり、26日に40人枠を外れる形でAAA級オクラホマシティ・レッドホークスへ配属された。オフの10月11日にFAとなった。 ブルワーズ傘下時代 2007年1月13日にミルウォーキー・ブルワーズとマイナー契約を結んだ。この年はAAA級ナッシュビル・サウンズでプレーし、12勝6敗、防御率3.80を記録した。オフの10月29日にFAとなった。 マリナーズ時代 2007年11月28日にミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだが、12月に行われたルール・ファイブ・ドラフトでシアトル・マリナーズから指名を受け移籍した。 2008年3月29日にロースターから外れたため、ルール・ファイブ・ドラフトの規約でツインズに復帰したが、同日にハイアー・フェルナンデスとのトレードで、マリナーズに復帰した。この年は5勝8敗、防御率5.21を記録した。オフの12月9日にFAとなった。 ツインズ時代 2008年12月26日にツインズとマイナー契約を結んだ。 2009年はメジャーで35試合に(先発1試合)登板した。オフの10月6日にFAとなった。