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クインシー・ジョーンズ

クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)

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クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones、1933年3月14日 - 2024年11月3日)は、アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン、音楽プロデューサー、作曲家、編曲家。マイケル・ジャクソンと共同プロデュースしたアルバムにて売上世界一のギネス記録保持者。1950年代から第一線で活躍を続け、グラミー賞をはじめとする音楽賞を多数受賞している。ブラックミュージック界のみならず、アメリカのポピュラー音楽界における著名人の一人だった。また、米FOXテレビの人気コメディ番組『MADtv』の製作総指揮も担当。代表曲には「鬼警部アイアンサイド」「ソウル・ボサノヴァ」「ゲッタウェイのテーマ」「スタッフ・ライク・ザット」「愛のコリーダ」などがある。 来歴 生い立ち - 1970年代までの活動 イリノイ州シカゴ出身。少年時代にトランペットを学ぶ。彼は後に、父方の祖父が英国のウェールズ人であることを知った。10歳の頃にワシントン州に転居。そこで盲目のピアノ・プレーヤーの少年レイ・チャールズと知り合い、ともにバンド活動を始める。1951年、バークリー音楽大学を卒業後、トランペット・プレーヤーとしてライオネル・ハンプトン楽団 に参加。そこでアレンジャーとしての才能を見出され、カウント・ベイシー、デューク・エリントンら多くのジャズミュージシャンのアレンジを手がけるようになった。 1957年にパリへ渡り、作曲・音楽理論などを学ぶ。フランスのマーキュリー・レコード社長の知己を得てヨーロッパでも数々のビッグバンドを率いて活躍し、自身のバンドでも成功を収めた。1964年には、マーキュリー・レコードニューヨーク支社の副支社長となり、同時に映画音楽の分野へも活動の幅を広げる。 1960年代からはプロデューサーとしても活躍し始め、1962年には『ビッグ・バンド・ボサ・ノヴァ』を発表。同アルバムに収録の「ソウル・ボサ・ノヴァ」は彼の代表曲ともなり、1963年にレスリー・ゴーアの「涙のバースデイ・パーティ」をビルボード1位にしたのをはじめ、マイルス・デイヴィス、フランク・シナトラらのプロデュースを手がけた。また映画『夜の大捜査線』や『ゲッタウェイ』のサウンドトラックも評判となった。テレビ映画、ドラマでは『鬼警部アイアンサイド』や『ルーツ』のサウンドトラックも担当した。自身の作品でも数々のヒット作を残し、1978年にはファンキー・ディスコ調の『スタッフ・ライク・ザット』がポップ・チャートでもヒットした。 1978年、映画『ウィズ』の現場でマイケル・ジャクソンと出会う。 そこでマイケルが「誰か僕に合うプロデューサーはいないかな」と言ったところ「僕じゃ駄目かな?」とクインシーが返答したという逸話が残っている。

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