
ピタゴラス(Pythagoras)
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ピタゴラス(古代ギリシャ語: Πυθαγόρας, ラテン文字転写: Pȳthagórās、ラテン語: Pythagoras、英: Pythagoras、紀元前572年頃 - 紀元前494年頃)は、古代ギリシアの人物。「サモスの賢人」と呼ばれた。ピュタゴラス、ピュータゴラースとも表記される。 長年、ピタゴラスはギリシアの哲学や数学を創始した哲学者・科学者であると漠然と信じられてきたが、今日ではまず第一に宗教的人物であったと考えられている。ピタゴラスは魂の輪廻転生を含む教説を説き、従うべき生(ビオス)のあり方を示した。数学・哲学に何の貢献もしなかったが、プラトンやアカデメイア派によって祭り上げられた。自分たちの教説に権威によるお墨付きを与えたい教義主義のアカデメイア派にとって、カリスマ的性格を持っていたピタゴラス派は都合のよい名前だったのである。反教義主義的なプラトン主義にとっても、プラトンを教義主義から守るためにピタゴラスの名前を使うことは都合がよかった。こうして皆がプラトン主義の源泉をピタゴラス派の教説に求めることになった。ピタゴラスの権威化は新プラトン主義ととともに古代後期に頂点を迎えた。その後二千年にわたってピタゴラス伝説は語られ続けたが、19世紀半ばに始まった懐疑的な研究を経て、1962年に出版されたヴァルター・ブルケルトの記念碑的著作『叡智と学知』にて完全に葬り去られた。今ではピタゴラスは数学に何も貢献しなかったというのが定説となっている。 生涯 ピタゴラスが組織した教団は秘密主義で、内部情報を外部に漏らすことを厳しく禁じ、違反者は船から海に突き落とした。そのため教団内部の研究記録や、ピタゴラス本人の著作物は後世に一点も伝わっていない。そこでピタゴラス個人の言行や人物像は、教団壊滅後に各地に離散した弟子の著作や、後世の伝記、数学に関する本の注釈といった間接的な情報でできあがっている。彼の肖像や彫像類も、すべて後世の伝聞や想像で作られたイメージであり、実際にどういう風貌をした人物だったかも不明である。 ピタゴラスは紀元前6世紀ころ、古代ギリシャ文化圏の東辺に位置する、現在のトルコ沿岸にあるイオニア地方のサモス島で、宝石細工師の息子として生まれた。父親はレバノンのティルス出身であるとする説がある 。近くの町には、著名な哲学者のタレスが住んでいた。 伝記によると、彼は若くして知識を求めて島を旅だち、古代オリエント世界の各地を旅した。エジプトでは幾何学と宗教の密儀を学び、フェニキアで算術と比率、カルデア人から天文学を学んだという。ポルピュリオスなどの伝記によれば、ゾロアスター教の司祭のもとで学んだといわれる。さらにはイギリスやインドにまで旅したという伝説もある。