
Pedro Pablo Kuczynski
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ペドロ・パブロ・クチンスキ・ゴダール(スペイン語: Pedro Pablo Kuczynski Godard [ˈpeðɾo ˈpaβlo kuˈtʃinski ɣoˈðarð] 聴く 1938年10月3日 - )は、ペルーの政治家、エコノミスト。氏名の頭文字からPPK(ペペカ)とも呼ばれる。2016年7月28日にペルー共和国大統領に就任した。2005年8月16日から2006年7月27日まではペルーの首相を務めた。日本語の報道などでは姓の Kuczynski はクチンスキともクチンスキーとも表記される。ブラジル建設大手オデブレヒトからの収賄疑惑(オペレーション・カー・ウォッシュ)により、2018年3月21日に辞任を表明した。 経歴 1938年、ペルーの首都リマでユダヤ系の父マックス・クチンスキとフランス系の母マドレーヌ・ゴダールとの間に誕生する。英国ランカシャーで教育を受け、オックスフォード大学エクセター・カレッジを1960年に卒業後、1961年に米国プリンストン大学にて修士号を得る。同年より世界銀行のエコノミストとして活動する。1967年にペルーに帰国し、フェルナンド・ベラウンデ大統領の政権において中央銀行に勤務する。1968年にフアン・ベラスコ・アルバラードによるクーデターによりベラウンデ大統領が追放された後、クチンスキは米国に移る。1975年にはワシントンD.C.にある国際金融公社のチーフエコノミストとなる。 1980年、ベラウンデが再び大統領に選出されると、クチンスキはペルーに帰国し、1982年までエネルギー・鉱業大臣を務めた。2001年から2006年までのアレハンドロ・トレド大統領の任期中は経済・財務大臣および首相を務めた。 2011年のペルー大統領選挙に出馬したが、4月10日の初回投票でオジャンタ・ウマラとケイコ・フジモリ(アルベルト・フジモリ元大統領の娘)の2名に次ぐ第3位となり落選した。2014年に自ら結成した「変革のためのペルー国民」党の党首となり、2015年に再び大統領選への出馬表明をする。 2016年の大統領選挙では4月10日の初回投票でケイコ・フジモリに次ぐ2位の得票であり、6月5日の決選投票では50.12%対49.87%という僅差で逆転勝利した。ただし、4月10日の初回投票と同時に実施された国会選挙ではケイコ・フジモリ率いる党「フエルサ・ポプラル(人民勢力)」が単独過半数の議席を獲得している。